▼ 03
どうしよう。一体どうすれば。脳をフル稼働させてこの状況を打破する策を考えます。
「坊ちゃん、だめです…っ!あの、貴方はきっと勘違いしているだけなんです!」
「…勘違い?」
ずっと一緒にいれば、そりゃ情も湧くことでしょう。ある種家族愛にも似たその情を、彼は恋愛だと勘違いしてしまっているのです。
それに…私はただの執事で、彼は西園寺家の大事な息子なのですから、間違ってもこんなことが許されるわけがありません。
私は彼に道を踏み外させるわけにはいかないのです。彼がこの先立派な男性になって、幸せな家庭を築いてくださることが何よりもの願いなのです。
「だからもう一度ちゃんと考え…ひあっ」
「僕を拒絶するな、と言っただろう」
「や、やだ、触らないで…」
彼の大きな手が、ズボンの上から股間を撫でました。それだけでびりびりとした感覚が背筋を走っていきます。当然です。他人にそんな場所を触られたことなどないのですから。
「僕がどれだけお前に焦がれてきたか、知らないくせに」
坊ちゃんは眉をぎゅっと寄せ、悲しそうに笑いました。
「勘違いだと言うのなら、お前以外を好きになる方法を教えてくれよ」
「…坊ちゃん…」
私はそれを、とても美しいと思いました。
「なぁ、伊原。教えてくれ。もうずっとずっと恋しくて愛しくて仕方ないんだ」
「…ずっと」
「お前に会ってから、ずっとだ」
「…」
私が彼にお会いしてから、もうすぐ10年。
その間ずっと、彼はこんな風に悲しくて美しい表情を隠してきたというのでしょうか。
何でも知っているなんて大嘘です。もしかすると私は、坊ちゃんのことを何一つ知らないのでは。何一つ理解していないのでは。
「あ…」
ふとそんな考えが頭の中をよぎり、全身に恐怖という恐怖が満ちていきます。
彼に一番近い存在は私だと思っていたはずなのに。なんておこがましい考えを抱いていたのでしょう。愚かにも程があります。
「伊原?」
「わた、私、知らなくて、ごめんなさい…坊ちゃんに、辛い思いを…」
「何を言っているんだ」
ちゅ、と優しい口付けを一つ。
「お前を好きだと思うことが辛いわけがないだろう」
「え…」
「知らなくて当然だ。伝えてもいないのにどうやって人の気持ちが分かる。お前がエスパーだと言うなら話は別だが」
「エスパーでは、ありません…」
「なら謝るな。僕は辛くなんかない」
「でも、坊ちゃん…悲しいお顔をしていらっしゃいます」
「勘違いなんて言うからだ。エスパーじゃないくせに、勝手に人の気持ちを推し量って勝手な言葉で縛りつけるな」
「…ごめんなさい」
小さな声で謝罪を口にすると、坊ちゃんは満足したように笑いました。そして。
「罰として、僕とセックスをしろ」
「それはちょっと…」
話が飛躍しすぎています。
「命令だ」
「こんなときばかり主人の権限を振りかざして!」
「こんなときでないといつ振りかざすというんだ」
「私は男ですよ」
「そんなことは分かっている」
「気持ち悪いとは思わないのですか…女性のように綺麗な身体ではないんですよ…?」
「思う訳ないだろう。見ろ僕のペニスを。お前とセックスがしたいあまりもうはちきれんばかりで…」
「やめてください!はしたない!」
直接的な言葉の羅列に頬が熱くなりました。彼には羞恥心というものがないのでしょうか。
「…お前はどうなんだ」
「え?」
「僕がこうしてお前を性的な対象として見ていることに、嫌悪感を感じるか?僕が気持ち悪いか?」
その声に少しだけ不安の色が滲んでいます。逸らしていた視線を戻すと、こちらを見つめる坊ちゃんの瞳がゆらゆらと揺れていました。
「それはありえません」
「何故」
「私にとって貴方は、何にも代えがたい宝物なのですから」
坊ちゃんは、私の全てと言っても過言ではないかもしれません。
どこにも行き場のない私に居場所を与えてくれた、唯一の存在なのです。
「何を言われようと、何をされようと…貴方は私の絶対なのです。それだけは揺らぎません。気持ち悪いなどと思うはずがないのです」
坊ちゃんが私の名前を呼んでくれたあの日から、私は彼のために生きようと決めました。
prev / next