quiet&cold
静寂のみが満ちる空間。そこに存在している人間は二人居るのに、どちらもが言葉を発さない為にその場に響くのは微かな息遣いの音だけ。元々普段から口数が多いわけでもなく、必要性を感じなければ積極的に口を開くことをしない彼等は仲間達がそそくさと退散してから約五分の間、一言も発さず黙りこくっていた。沈黙も、度が過ぎると非常に気まずい。

「………」

「………」

暫し無言で見つめ合う。けれど互いの間に流れる空気は見つめ合うなどというシチュエーションには到底似つかわしくない冷めたもの。冷えた視線を雅は送り、直弥は立場的には隊長であるにも拘わらず、副官である彼女に射抜かれ、たらりと冷や汗が伝うのを感じていた。若干空気は冷え、心なしか寒気さえした。

じぃっと温度の感じられない瞳に睨むように射貫くかれる。雅の纏う雰囲気は余り暖かいとか柔らかいなどと表現されるものではないが、今の彼女の雰囲気は冷たいを通り越して絶対零度かと思うほどのものだった。触れれば凍ってしまうのではないかとまで思う。

「…その…雅?」

「なんですか」

紡がれた言葉はどこまでも冷たかった。これは自分の想像以上に彼女は怒っているらしい──否、呆れられているのだ。雅はある上限以上に呆れたり怒ったりすると、格段に雰囲気が冷たくなる。その状態は余り見られるものではないが、今現在目の前に居る彼女がそのような状態になっていることから、少なくとも自分が考えていることは外れていないと考えていいだろう。

彼女のことをlikeではなくloveのほうで好いている直弥としては、そういった視線なり雰囲気なりを向けられることは本意ではない。寧ろ全力で回避したいことだ。彼女と少しでも一緒に居たいから今迄傷の治療を頼んでいたのだが、今になってそれが仇となったか。女々しい思考であることも充分理解していたし、無論その考えの中に少々変態じみたスキンシップが含まれていることも解っていた。少なくとも飛沫の隊員達は協力的にしていてくれたように思う。流石に治療の回数が多すぎて愛想を尽かされたのか。それともただ呆れられているだけなのか。彼女に怒りを抱かれていたとしたら、軽くショックだ。付き合いが長いし、双方互いの性格をそこそこ理解していると自負していた筈なのだが。しかしやはり彼女にこんな視線を向けられたり、あからさまに雰囲気を醸し出されたりすると本格的にヘコむ。

そのようなことを悶々と考え込んでいると、唐突に無防備にもだらりと身体の横に垂らしていた腕を握られたことに気付く。握られる、というよりも掴まれる、と言ったほうが正しいかもしれない。少々乱暴に、強制的に眼前に晒された自身の腕が視界に映る。ちらりと雅を盗み見ると、彼女はよく観察しなければわからないほど僅かにではあったが、その形の良い眉を歪に寄せていた。そんな彼女のとても小さな表情の変化に気付くことができるのも、偏に雅と直弥との付き合いが長い為だろう。

しかしそれはこの場合、彼に嫌な予感しか齎さなかった。




雅へ向けていた視線を外し、再度自らの腕を観察する。自分自身の腕だというのに、他人事のように客観的な目線で彼はそれを見やっていた。

よくよくしっかりと観察してみると、随分と自分の腕は可哀想なことになっていた。可哀想、よりも。色々と、酷い有り様だった。

掴まれ持ち上げられたことにより、捲れた死覇装の袖から覗く腕には無数の傷があった。軽い擦り傷程度のものから、そこそこ深く切りつけられた刀傷まで、様々な種類の大小綯い交ぜ、重傷軽傷まさしく多種多様のものばかりであった。見ていてかなりどころかとっても痛々しい。自分でも見るに堪えない酷い有り様だと思った。布が少し皮膚に擦れただけでもずくりと痛む。
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