傷口から溢れた紅い色の雫が膨れてだんだんと大きくなっていく。ぷく、とあっという間に大きく膨れたそれが表面張力の限界に達し、ぼた、と地面に落ちた。地面へと真っ直ぐ逆らわず落ちたそれが紅い歪な形の円を形作る。無機質な白い石で造られているらしい地面では染み込むことができず、それは少しずつ乾いて黒く変色していった。

ぼた、ぼたぼた、ぼたり。
鮮血が一滴落ちたのを皮切りに真っ赤な水滴は勢い良く落ちていく。一滴落ちて、次は二滴、三滴、四滴と。止まることなく、落ちていく。腕から流れたそれが波紋を描いて地面に落ちる度に鮮血は地面を濡らし、歪な円の形を更に歪にしながらじわりじわりと灰色を紅で染め侵食し、その面積を広げていった。彼はぼんやりとその様を見つめていた。その瞳からは何も窺えなかった。

(…どれだけ深く切りつけやがった、あの馬鹿共)

流れる紅は止まらない。地面に落ちたものは徐々に固まっていくが、傷口から流れ続けるそれは止まるということを知らないように思える。出血量が、流石にまずい。死ぬほどのものではないが、それでも軽く貧血や気絶くらいはしそうな量である。否、既にやばかった。

「…っ」

くらり、とする。視界がぐにゃと歪んで、ふっと意識が一瞬だけ遠くへと飛んだ。それから頭の中が朧気になり、思考が上手く回らなくなる。何か考えようとしても、フィルターがかかったように薄く視界が白く濁り、思考回路が上手く機能しない。意識がすぐに霧散して、何も考えられなくなった。

「…動かないでください」

そんな雅の静かな声が聴こえたと思うと、霞みがかる視界の中で、どうやら彼女が腕の傷に手を翳しているらしい姿が窺えた。それを頭が理解しどういうことか整理する前に、「癒水」という雅の小さな呟きが聴こえ、腕の傷口にひやり、氷を押し当てられたような冷たさが走った。

直弥の腕に在った切り傷は、彼がそれ程のダメージではないと思っていた身体中の無数の傷の中でも一番酷い傷である。確かに身体の外傷を総合的に見ると大したものではないのだが、この傷だけは別だった。総合的に見たダメージと、個々の傷のダメージでは違うのだ。腕の切り傷以外の外傷は、全て軽傷である。偶々この切り傷だけが深かったのだ。偶然としか言いようがなく、運が悪いと捉えるしかない。軽症の中に紛れていた重傷。それが今、こうしてまずい状況へと陥る結果になっている。

ぱっくり口を開けた傷口から、皮膚の下の人間を造っている細胞組織が紅く覗く。筋肉、血管、その他色々な細胞組織が本来繋がっている筈の箇所から断ち切られ、その存在を嫌に主張しているようだった。細胞組織が顔を覗かせる傷口に、どれだけ傷が深いか窺えた。どろりと断面から滲む紅色に不快感を覚える。その色は嫌というほど見慣れている筈なのに流される側ではなく流す側になったことで溢れるそれに不快感を覚えるとは、皮肉なものだ。自らの髪と同じ色でも、物体が異なると抱く印象もこれほどまでに違う。


霞む視界では上手く判別できなかったが、先ほどの言霊を彼女が紡ぐと同時に、雅が自分に翳した側の、その掌に、ぽこり、と水球ができた。その水球は空気中から水分を奪っていっているというわけでもないのに、徐々にその大きさを増していく。最初は直径五センチほどだったものが、あっという間に十五センチほどの大きさに。ぐるぐる渦巻きながら水球はぽこりぽこりと大きくなった。


これは、雅の斬魄刀の能力である。戦闘ではなく、どちらかといえば治癒に秀でた彼女の力。彼女の斬魄刀は、水を使用者の思いのままに操るのだ。大部分の斬魄刀の力が水を基にして、初めて発揮される。その力は治癒に秀でている為に、こうして怪我の治癒に使うことができる。自分も、幾度となく彼女のこの力に救われたか知れない。


ぴとり、と傷口に押し当てられた水球の冷たさに、思わず身動いだ。
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