相談
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ディグダを救出した翌日。
あたしは寝床に腰掛け、分厚い革表紙の本を開けたままぼんやりとしていた。
「ゔ〜〜〜…やっぱり無理だって!オレにはこんなの無理!なぁユウ、これなんつー意味……って、ユウ?」
「…っ!え、何?」
スイの声にはっと我に返る。
スイは紙とペンを掴みながら、こちらを見ていた。
そうだ。今は、今朝あたしを迎えに来たスイを捕まえて…昨日言った通り必要最低限のこと教え込んでたんだっけ。
ていうか、なんでそういう系の記憶はあるんだろうね。
「何って…どーしたんだよ、ぼんやりしてさ」
「あ…別に…」
「ベンキョーしようって言ったのはユウだぜ?」
「ごめん…で、何だっけ?」
ぱたん、と読んでいた本を閉じ、床に寝転がるスイの側に座る。
だがスイは、あたしを見上げたまま怪訝そうに眉根を寄せていた。
「…ユウ、なんか変だ。なんかあったのか?」
「ん?いや、とくに何も…」
「嘘つくなよ。オレ、確かにユウと知り合って短いけどさ…でも、それでもユウの様子がおかしいのはわかるよ」
「スイ…」
むく、と体を起こし、スイはあたしを正面から見据える。
綺麗な金無垢の瞳が、なんだかやけに眩しく感じた。
「な、ユウ。オレはユウのこと頼りにしてるし、大事なパートナーだって思ってる……大事な相棒が元気なかったら、心配すんのは当たり前だろ?」
「……………」
「オレじゃ頼りになんないかもしんないけどさ、でも悩み聞くことくらいはできるよ?」
ぽんぽん、と頭を軽く撫でられる。まっすぐな言葉だ。向けられているこちらが、眩しくなるくらい、まっすぐな言葉だ。
あたしは軽く俯き、暫く沈黙した。
「―――…あの、ね」
「うん」
「悩みとか、そこまで大袈裟なことじゃないんだけど」
「うん」
「最近、夢見るんだ」
「…夢?」
こくり、と頷く。
「怖い夢とか、そんなんじゃなくて。あったかい…ふわふわした場所にいるんだ、あたしと…………誰かが」
「誰か…って?」
「わかんない。―――今朝も、見たの」
「!」
あたしは目を伏せ、そっと記憶の糸を手繰る。
あれは、スイが来る直前に見た夢だった。
***
『―――――………また、あの夢だ…』
誰もいない空間で、あたしはただぽつりと一言呟いた。
夢だと認識しているにも関わらず、醒めない夢。ポケモンになってから、頻繁に見るこの夢に…あたしは小さく頭を振った。
やがて、うっすらと空間から影が滲み出す。
見えるのは淡い黄緑と一点の汚れもないような白…………そして、鮮やかな紅色だ。
誰なんだろう、あの人は…。
毎回毎回、必ずあの人の気配は"ここ"にある。
ただわかるのは、あの人はあたしがここにいるのを知っていて、尚且つあたしに敵意を抱いているような人ではないということ。
うっすらと見えるシルエットは、この空間と同じどこか優しい雰囲気を漂わせていて――――
『――――――――』
『…ん?』
あの人が、何か言った。
僅かに音となり鼓膜を震わせたその人の声に、小さく目を瞠る。
聞こえる。
前は、聞こえなかったのに。
確かに、聞こえる。
『、―――――、―――…』
『…え?』
に ん げ ん …?
『――――――!』
や くめ?
首を傾げ、そちらに足を踏み出す。その瞬間、何かを訴え続けるその人のシルエットはまるで煙のように消えてしまった。
ハッとして、そちらに手を伸ばす。
『っ待って!』
伸ばした掌が掴んだのは、空。
掌には、欠片すらも残らない。
『もう少し、話を聞かせてよ――――!』
また、独りになった空間にその声は虚しく響く。力を失った四肢は体重を支えきれずその場に崩れ落ち、あたしは俯き拳を強く握った。
そこで、気が付いた。
自分の目に映る、それ。
『…手…………?』
ふわふわの羽毛におおわれているはずの、今のあたしの手(羽)。
だがあたしの視界に確かに映っていたのは、確かに人間の、それで。
『なんで…』
ぐわん、と急激な目眩に襲われた。突如襲ったその感覚に、あたしは成す術なくその場に崩れ落ちる。
『………っ…』
瞼がだんだんと落ちてくる。
次第に霞んでいく視界に、微かにキラリと、何かが光ったのが見えた。
だがそれが何かを確認する術は無く、あたしはただ襲い来る眠気に抗う事も出来ずに意識を手放した。