夢
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『……ここ、は………』
ぼんやりする意識の中、夕日は辺りを見回した。
見覚えのない場所。
いや、“空間”。
でも、不安はない。
あるのは、どこか懐かしさを覚える安心感。
『ここってまさか…夢の、中……?』
その時、夕日は何かを感じた。
この空間に、自分以外のだれかがいる。
そんな感覚だ。
『……だれ?』
いくら考えてもわからない。
そのまま、夕日の意識は堕ちた。
「………………」
目が覚めても、あたしはただぼんやり天井を見つめるだけだった。
なんだろ、あの夢。
ただの夢なら…気にしないのに。
なんだろ、この胸騒ぎ。
なにか大切な、そんな気がする。
「……ま、いっか」
考えてても仕方ないし。
いくら大切でも、わからなかったらしょうがない。
スイを待たせても悪い気がする。
あたしはむくりと起き上がると、机の上に置いてあったリンゴを食べながら外に出た。
「……スイ、まだ来てないのか」
あたりを見回しても、あのバカがつくほどのワニノコはいない。
あたしはリンゴをかじりながらポストを覗いた。
「………………救助依頼は来てない、っと」
空っぽのポストを叩き、あたしは空をあおいだ。
うん、いい天気だ。
「あ!おはよう、ユウ!はやいな!」
「スイが遅いだけだよ」
「朝からキッツいなー…って、お!」
ポストの前に立つあたしを見て、スイは顔を輝かせた。
あら、可愛い笑顔。
「ポスト調べたのか!?」
「スイ、朝からグッドニュースがあるよ」
「え!?なになに!?」
顔をキラキラとお日さまに負けないくらい輝かせたスイを横目で見ながら、あたしはしゃり、とリンゴをかじった。
「
依頼が一つも来てない」
「
なっにぃぃぃ――――!!?」
「今日は休みだね。やっほい」
「喜ぶなよ!!」
「なんで?依頼がないってことは、世界が平和な証拠だよ。さらにあたし達は休暇となる。あぁなんて素晴らしい」
「絶対後のが本音だ」
「もちろん」
否定することなく言ったあたしに、スイはガックリと大袈裟なまでに肩を落とした。
そこまで落胆するか、相棒。
「……はぁ、もう…あたし達はまだ始めたばっかりなんだし、知名度が低いのは当たり前でしょーに」
「ち…ちめいど?」
「……スイ、ちょっと勉強会開こうか」
有名かどうかってことだよ、と噛み砕いて教えると、スイは「なるほどー」と納得したように頷いた。
それからしばらく考え込み、
「…ポケモン広場に行ってみよう」
と提案してきた。
聞きなれない言葉に首をかしげる。
「ポケモン広場?」
「うん。色んなポケモンがいる場所で、そこから少し行った岬に『ペリッパー連絡所』ってところがあるんだ」
「そこに行けば、依頼があるかもってわけ?」
「多分な」
「よしわかった。もしなかったら、今日は
スイの勉強会だからね」
「絶対あるさ!オレが保証する!!」
スイはそう叫ぶと、元気よく歩いていった。
ていうかそんなにイヤか、勉強会。
***
ポケモン広場は、たくさんのポケモン達で賑わっていた。
さまざまなポケモンの形を模した建物が並び、色々な店が軒を連ねている。
「ここがポケモン広場!色んな店があるだろ?」
「ふーん…結構賑やかなんだ」
「そうだろ!」
にししっと、まるで自分が褒められたように嬉しそうに笑うスイ。
あんたをほめたんじゃないよ、と皮肉っぽく言えば、「わかってるって!」とまた笑顔が返ってきた。
あたしとスイが並んで歩いていると、カクレオン商店のカクレオン達が声をかけてきた。
あ、片方色違いだ。
「あ、水龍さん!おはようございます!」
「今日はかわいらしい女の子連れてますね!デートですか?」
「なっ!!ち、違うよ!」
真っ赤になって否定するスイ。
なんか見てて笑える。
「はじめまして、
スイの彼女です」
「え、ちょッ!!ユウッ!!?」
せっかくだから便乗してやると、スイがトマトみたいに真っ赤になった。
もはや青くないね、スイって色違いだったっけ?と笑う。
「かかっ、彼女って………っ!!」
「…冗談に決まってんじゃん」
混乱するスイに、ニヤリと意地悪い笑みを向けてみる。
案の定、スイは大きく溜め息をついた。
でもまだ顔赤いよ。
「で、スイ?ペリッパー連絡所ってどこ?」
「あ、あぁ、この先をまっすぐだよ。行くか」
先に歩きだしたスイの後を、あたしはついていく。
さっきの真っ赤なスイ、写真にでも撮っとけばよかった。
ふふ、いいオモチャ見つけたかな?…冗談だよ。
***
ペリッパー連絡所は、スイの言う通り海に面した岬にあった。
そこから多くのペリッパー達が空に飛び立っていく。
スイは、あたしを連絡所の前にある掲示板の前まで連れていった。
「ここには、各地で困っているポケモンの情報が集まるんだ。で、この掲示板に救助の依頼が載るわけ」
掲示板を見上げると、確かに色々な依頼がある。
探し物や救助など、ジャンルは様々だ。
「なっ、色々書いてあったろ?」
「そーだね。依頼が来るまではせいぜいここのをこなしてくしかないかな」
「だな」
「サボれないけど」
「そういうことは思うだけにしようぜ?」言いながら、あたしは適当な依頼を見繕っていく。んー…今のあたしたちだと、このあたりが妥当かな…少し上にある掲示物を見る。ああいうのを受けられるようになるまで、どのくらいかかるんだろう。ま、頑張るけどね。
「あっ!夕日さんに水龍さん!!」
手頃な依頼をひとつ手に取ったところで、急に話しかけれた。
見上げると、一羽のペリッパーがあたし達のところに降りてくる。
「あ、あなたは確か、依頼を持ってきてくれた……」
「覚えてくれていたんですか!光栄ですよ、夕日さん!!」
爽やかな笑顔を浮かべながら、ペリッパーはあたしの手(羽)をがっしりと握った。
「あはは…」
「あっ!申し遅れました!ワタクシ、配達員をやっております、リックと申します!以後お見知りおきを!!」
「リック、さん?」
「“さん”なんてとんでもない!リックとお呼びください!」
「あ、あぁ。わかったよリック」
「で、リックはこんなところで油売ってていいのかよ」
スイがあたしとリックの間に割って入る。
なんか眉間にシワがあった。どうしたんだ?
「あ、そうですね。ぶっちゃけ暇はあんまりありません」
「じゃあ早く行けよ」
「はいはい、わかってますよー。
…でも、男の嫉妬は醜いですよ?」
「……へ」
こそ、とリックがスイに何かを耳打ちする。
それはあたしには聞こえなかったけれど、スイが目に見えて固まったのは解った。
そんな彼にリックは面白そうにくすりと微笑み、こちらを見つめる。
「じゃあ夕日さん、また!」
爽やかな笑顔を残しながら、リックは空へと飛び立っていった。
なんなんだ……(汗)
「…小型の嵐見たいなヒトだね……」
「……………」
「スイ?」
「ん?え、いや、なんでもない!」
顔を覗きこむようにすると、スイはハッとしたように我に返って首を振った。その様子に、あたしはキュッと眉間に皺を寄せ、下から睨むように彼を見る。
「…なんか言われたの?」
「え…………えっと、とくに変な事は言われてないけど」
変なこと、ねぇ。
それでも能天気なスイが多少なりとも動揺するような内容……気になる、気になるけど。
「そ。ならいいわ」
何か本人も良くわかってないみたいだし、別に良いか。
あたしは苦笑して、落し物回収依頼を遂行するためにスイを連れてペリッパー連絡所を離れた。