「―――先生!」

「…! なんだ、キミですか。脅かさないでください」



薄暗いガレージの中、一人誰にも気付かれないようにと息を潜めていた冬海は、突如響いた第三者の声にびくりと肩を跳ねさせた。
が、その声の主が土門だとわかると、肩の力を抜いて笑みを浮かべる。

だが、土門の表情は険しいままだ。



「こんなところで、何をやっていたんですか?」

「さあ、何でしょうね?」



あくまで誤魔化そうとする冬海に、土門はさらに眉を寄せる。
その後ろ手に隠すようにもたれたバケツが、やけに引っかかる。バスの修理…というわけではなさそうだ。それならば、誰の目にも付かないようこうして隠れて作業する理由は無い。

土門の体が知らず知らずのうちに強張る。
薄ら寒さすら覚える笑みを浮かべた冬海に、何故だか嫌な予感しかしないのだ。

――――自分は、この男の裏を知っているから。

そしてそれは、目の前で余裕そうに微笑むこの男も同じ―――自分の裏を、知っている。



「―――ああ、一つだけ忠告しておきますよ。…このバスには、乗らないほうがいい」

「――――っ!?」



立ち尽くしたまま動かない土門に、擦れ違い様そう告げると、冬海はバケツを抱えたまま何事もなかったかのようにガレージを出て行った。
背筋を冷たいものが滑り落ちる。自分の中で脈打つ心臓の音がやけに大きく聞こえた。

―――それは、自分と“同類”である己への忠告だったのだろう。

その事実が、さらに土門の思考を締め付ける。
一体冬海がここで何をしていたのか。―――その堪えは、簡単に予想が付いた。付いて、しまった。



「これが…帝国の…総帥のやり方かよ…ッ!!」



ぎり、と奥歯を噛み締める。
ここまでだなんて、思ってなかった。冬海がバスに細工をしたのは確実だ。土門の脳裏に、自分に対し仲間だと、笑顔を向けてきたサッカー部員の顔が浮かぶ。

自分は、彼らとは“違う”。“違う”のだ。根本的に、彼らとは。
でも、それでも。



「どうすれば…!くそぉっ!」



あの暖かな空間に、居心地の良さを覚えていた。
笑顔の絶えないあの場所に、いつの間にか浸っている自分がいた。


――――偽っている自分が、裏切っている自分が苦痛になるほど、ここにいたいと思ってしまった。



「(………………………)」



そんな彼の葛藤を、外で聞いていたものが、一人。
彼女はガレージの壁に背中を預けながら、無言で空を見上げた。


…やーっぱり、面倒事拾っちまったよ。


青い空を横切る鳥の影を目で追いながら、一縷は小さく溜息をついた。



「………ほんと、馬鹿ばっかりだ」





*そこにいたいと思うなら、思える場所が出来たなら

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