明るい日差しが振りそそぐ、広く清潔な室内。この学校内で一番の面積を誇る部屋―――理事長室。
校内にありながら、滅多なことが無い限り、一般生徒には縁の無い場所。そんな一室に、俺はいた。
「貴女がここへ来るなんて、珍しいわね」
「……………」
「余程のことがあったと見えるわ―――一縷」
にこり、と相変わらずお美しい笑みを浮かべる目の前の少女になんとも複雑な表情を浮かべる俺。対照的過ぎて傍から見たら妙な光景だ。
……俺だってここに足を踏み入れる日が来るなんて思ってなかったよ。でも今日はそうも言っていられない。
「……長い前置きする必要も無いから、結論から入るよ。
遠征に使うバスあるだろ?至急アレの点検をして欲しいんだ―――夏未」
俺の言葉に、目の前に立つ少女――――雷門中学校理事長代理・雷門夏未は、無言で目を細めた。
「……どうして?定期点検はつい一昨日済ませたばかりよ。それに、何処のクラブにも所属していない貴女が、どうしてそんなことを気にするのかしら」
ぜひお聞かせ願いたいわ?と腕を組む夏未嬢から、俺は視線をそらす。
…夏未の言い分は当然だ。何故無関係の俺がこんなことに口を出すのか。そりゃあ気になるだろう、俺が逆の立場でも気になるさ、当然だ。
…………しかし、出来れば突っ込んで欲しくなかったというのが俺の本音。そんな都合のいい展開は勿論無い。
「………俺の直感が告げている、あのバスには危険が潜んでいると」
「一縷?」
「ごめんなさい」
ダメだった。第六感的なアレで乗り切れるかなとか思ったけどダメだった。笑顔の夏未嬢に黙殺された。まあそりゃそうだよな!
にっこりと威圧感たっぷりに微笑んだ夏未に、俺は眉間にこれ以上無いほど皺を寄せる。
あー…とか、うー…とか唸ってみるけど、夏未の目は言い逃れを許してはくれなさそうだ。
…仕方ない。意味不明なお願いをしているのは俺のほうなワケだし……俺は深い溜息をひとつつくと、渋々口を開いた。
「……今朝、ちょっと気になることがあって裏門の駐車場のほうに行ったんだよ。そしたらバスをしまってあるガレージのシャッターが開いてて、気になったんで様子探ってみたら………とある陰険教師が、バケツ片手に出てきたってワケ」
「陰険教師?」
「…冬海先生」
夏未の眉がピクリと跳ね上がる。
「お前の言うとおり、定期点検が一昨日に済んだばかりだっていうなら、それから一度も動かしていないのに故障って言う線は可能性が低いだろ。…冬海先生は前々から妙な行動が目立ってたって噂もあるし、嫌な予感がしたのは事実だ」
「……………」
「………それに、ここしばらく他のクラブがバスを使う予定は無いだろ。あるのは大会真っ只中のサッカー部だけだ。……………あそこには俺の親友もいる。細工されたバスに乗ってあいつに何かあったら、間違いなく俺がブチ切れる」
「…サッカー部の顧問である冬海先生が、自分の管理するクラブを陥れようとしていると、そう言いたいの?」
「ああ」
俺ははっきりと断言した。
普通ならここで戸惑ったり詰まったりするところなんだろう。まさか、顧問がそんなことをするはずが無いと。
しかし、俺はあそこで見てしまった。迷う理由は無いし、大体何かフォローをいれてやるほどあの人に対し恩があるわけでもない。
顧問がどうとか、教師がどうとか言うより、俺は俺の親友の身の安全のほうが大切だ。
夏未はしばらく探るように俺を見ていたが、やがてフッと唇を綻ばせた。
「…そう。なら、この手紙に書かれていたことは事実だったのね」
「…手紙?」
「ええ、私宛にさっき。差出人の名前は書いて無いけれど、内容は今貴女が話したのと同じ。冬海先生によるバスへの細工に関する告発よ」
そのことに目を丸くする。
夏未が差し出したその手紙。書いたのは、俺じゃない。俺ならそんなまどろっこしいことはせずに、こうして夏未に直談判しにくる。というか、このお嬢には筆跡で俺ってバレる。
つまり、夏未にそれを告発したのは俺では無い誰か。
その誰かに、俺は心当たりが会った。
「――――あのひょろ長いのか」
今朝、冬海がしたことを知っているのは、俺とあのひょろ長いサッカー部員しかいない。
なんか色々と葛藤してたみたいだったけど、…そっか。決めたのか。
「私は今からその事実を確認しに行きます。―――貴女はどうする?」
「…俺は、パス」
風丸という箇所以外ほとんどサッカー部と接点の無い俺がホイホイ付いていっても、逆に場を混乱させるだけだ。そう考えた俺は、「とりあえずチクリに来ただけだから」と肩を竦めて夏未の申し出を断る。
夏未はそう、と頷いただけで、深く追求はしてこなかった。
「…でも、意外だったわ」
「あ?」
「貴女が、たとえ親友が関わっていることとはいえ、サッカー部のことに関与してくるなんて」
俺はその言葉に顔を顰めた。それを見て夏未は「相変わらず治っていないのね、あなたのサッカー嫌い」と言う。
「…治すつもりも無いから良いんだよ」
「…そう。これは貴女自身の問題だから、あまりとやかく言うつもりは無いんだけれど」
勿体無いわね、と呟くように紡がれた夏未の言葉を、俺は只無言で聞いていた。
*だって俺は、
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