幸せの衣 『今日一日アイスは借りるわね』 結婚式を一週間後に控えた頃。 アイスの部屋にあるテーブルの上に置かれた紙切れにはそう書かれていた。 その日アイスとの予定は無かったが、共に過ごそうとタイムは考えていた。 研究所内を探したはみたが、やはりアイスの姿はない。 紙切れにそう書いた主は――ロールだった。 「…ロールのヤツ…」 思わず言葉が溢れてしまうタイムだったが、アイスがいないとなっては共に過ごすことはできない。 ロールがそう紙に書き、アイスと何をしているのかはすぐに検討がついた。 タイムは仕方なく別の事をしようとアイスの部屋を後にした。 *** 「お待たせいたしました」 薄暗い、黄金色の明かりに包まれた店内。 そこに響きわたる女性店員の声。 女性は試着室であろう場所から顔を覗かせそう言うと、閉じられたクリーム色のカーテンを右から左へとゆっくり開けて見せた。 カーテンが完全に開かれた時試着室から現れたのは、まるで女神のような美しさの一体の小さなロボットだった。 頭の左右には薔薇に似た空色の花飾り。 そこから地面にまで伸びる長い透明のヴェール。 いくつものリボンと繊細な装飾が施されたドレス――ウエディングドレス。 「綺麗…素敵よ、アイス」 ウエディングドレスを来たロボットは、タイムとの結婚を一週間後に控えたアイスだった。 その小さな機体にもぴったりと合うようにウエディングドレスは作成されていた。 『ウエディングドレスは私に任せて』 ロールがタイムとアイスにそう言ったのは昨夜の事。 ロール、そしてライト以外のメンバーが、二体が結婚すると知ったのも昨夜のことだった。 タイムとアイスが結婚することは、ロールはアイスが怪我をした日から知っていたのだ。 アイスの左手薬指にはめられた指輪を見た時、彼女は察していた。 その後日だろう。 ウエディングドレスの製作をこの店――街の中にある――に依頼したのは。 サイズはライトから聞いたと見当がつく。 ロボットは機体を変換しない限り成長はしない。 衣装が着られなくなるという心配はないのだ。 「ロール姉様…ありがとうございます…」 今にも涙が溢れそうな、しかし幸せそうな顔を見せてアイスはそう告げる。 ロールは座っていた椅子から腰をあげ、アイスの元へと歩み寄った。 空色の花飾りに手を触れて少し直すようにすると、傍にいた女性店員が一例して部屋を後にする。 また後ほど伺います、と。 「最近結婚の話をしたばかりだったわね。こんなに近い未来になるとは思わなくてびっくりしてるわ」 「わたくしもであります…嬉しいであります」 嬉しい、そう言ったアイスだったが、表情はどこか悲しげで。 ロールはアイスの喜びと同時に含まれるもう一つの気持ちに気付いていた。 「…マリッジブルーね?」 「えっ…マリッジブルー…ですか?」 彼女は頷き、彼の頭を撫でて続く言葉を声に出した。 結婚前に結婚後の生活を考えて不安になることよ、と。 アイスは顔を俯けた。 嬉しいのは確か、しかし同時に不安でもあると。 しっかりやっていけるのか。 タイムに迷惑をかけたりしないか。 ――わたくしでよかったのか。 アイスは、まるで呪文のように一つ一つ声に出した。 ロールはアイスが言い終えるまで何も言わず、うん、うん、と何度も頷いた。 アイスが声を出し終えると、ロールは一時間を空けて声を出す。 ほんのり赤く染まったアイスの頬に優しく手を添えて。 「…こんなに素敵なお嫁さんなのに、タイムがあなた以外を選ぶ筈ないわよ」 「ロール姉様…」 「あの日も言ったけど、タイムはあなたしか見ていないのよ。…アイス、タイムのこと…愛してるでしょう?」 ロールの言葉に急激に赤く染まるアイスの頬。 彼女の微笑みには適わなかった。 その微笑みと同時に告げられる言葉には不思議な力がある。 説得力があるのだ。 「…はいであります…ロール姉様」 「ふふ、それなら大丈夫よ。何があっても力をあわせて。助け合って行くのよ?」 「…はい!」 力強い返事と共に見せられるアイスの笑顔。 その笑顔に、先程のような悲しみは感じられなかった。 「そうだわ、結婚前夜はカリンカちゃんの家で一緒に過ごしましょう?」 「えっ、どうしてでありますか?」 「雰囲気作りよ。これから結婚する相手と前夜まで一緒にいるよりも、一日でも日をあけて当日にアイスのその姿を見せたほうが、幸せも大きいしタイムは驚いて言葉を失うわよ」 「そ、そういうものなのでありますか…?」 「ええ、そういうものなのよ。ファイヤーとガッツの時もそうだったでしょう?」 「は、はい」 「ふふ、じゃあ決まりね。タイムには私から話しておくわ」 アイスはロールの言葉を聞きつつ、そういうものなのだろうか、と疑問に思いながら返事をする。 しかし姉の言葉にはやはり不思議な力があるようで、アイスは曖昧に頷き、結婚前夜はカリンカ――ロールの友達の人間の女性――の家で過ごすことにした。 女性店員が戻ってくると、アイスは再びクリーム色のカーテンの中へ。 普段着に戻り店を出た頃には、辺りは既に橙色に染まっていた。 沈もうとしている夕日を背に、アイスとロールは研究所へと向かって歩き出す。 アイスの左手薬指にはめられた指輪は、輝きを増しているように見えるのだった。 2015/06/14 [*前] 【TOP】 [次#] |