marriage ring


満開になった桜の下を、タイムとアイスは手を繋いで歩いていた。
タイムはもう離さないと言うかのように、アイスの手を強く握る。
それに応えるように、アイスもタイムの手を強く握り返していた。

アイスの首からかけられた懐中時計は、相変わらず止まったまま。

直そうとしたタイムだったが、作ってから大分経過していた時間、そして寿命も合わさったのか、直すことは不可能だった。

新しいのを作る、タイムがそう言っても、アイスは顔を縦に振ろうとはしなかった。
壊れてしまった懐中時計を大事そうに抱きしめながら、この懐中時計はこの世界に一つしかない宝物であります、と微笑んで見せた。
時を刻む事が出来なくなってしまった懐中時計だったが、そこに込められた想いは失われる事なくその時計に込められているのだった。

――アイスの足は約三日で完治した。
その間彼は仕事を休み、研究所で日々を過ごしていた。
タイムが時間旅行をしている間、移動が必要になった時は杖を使って歩いていた。
タイムがいる時は積極的にアイスをおぶって移動していたが、アイスは申し訳なく思いつつも嬉しく思いながら彼に身を預けていた。

仕事が休みである今日、二体はある場所へと向かっていた。
時計塔――ではなかった。

「ここ…でありますか?」
「…ん」

目的地、それは街の中にあるジュエリーショップだった。
タイムが少し前に婚約指輪を購入しに来た場所。
普段何度も近くを通っていたが、アイスはこうしてまじまじと見るのが初めてだった。
結婚の意識はあまりしなかったものの、タイムはこの場所にジュエリーショップがある事を認識していた。
こうして来る事になるとは想像もしていなかった。
それも二度目であり、更に婚約者と一緒だという事も。

二体は繋いだ手を離す事なく、ジュエリーショップ内へと足を踏み入れた。

***

いらっしゃいませ、と女性であろう店員の声が店内に響き渡った。
高鳴り始めるアイスのコア。
初めてくるこの場所に、中々落ち着く事が出来ない。
それを悟ったタイムは、アイスの手を更に強く握った。
それに気付いたアイスが、天使のように暖かい笑顔を見せたのはすぐの事だった。

「…すみません、結婚指輪をさがし…――」
「あら、貴方は…」

タイムは女性店員を見て続く言葉を飲み込んだ。
女性店員も同じようにタイムを見ると、驚いた様子で微笑んで見せた。
女性店員は、婚約指輪を買った日と同じ人物だった。
一度会話しているからか、タイムは緊張が解れていくのを感じた。

「もしかして、その方が…。ふふ、とても素敵なお嫁様ですね。おめでとうございます」
「えっ、あ、あの…?」

女性店員の言葉に頬をほんのりと赤らめるアイス。
同時にそう言われたことを嬉しそうにするアイスを見てタイムは微笑み、婚約指輪を買った日の事を説明した。
それを聞くと頭を下げるアイス。
そうして、ありがとうございます、と微笑んで見せた。
タイムはアイスから女性店員へと顔の向きを変えて声を出す。

「…ありがとうございます。…あの、今日は…結婚指輪を見せて欲しくてきました」
「結婚指輪ですね、かしこまりました。こちらへになります」

女性店員の案内する場所へと向かうと、二体は様々な種類の指輪が並べられたケース内に目を奪われた。
結婚指輪は婚約指輪よりもデザインがシンプルなものが多い為、一見どれも同じように見えてしまうが、よく見てみると一つ一つに微妙な違いがあるのがわかる。

そんな指輪を見て表情を輝かせるアイス。
物珍しそうに、同時に嬉しそうなアイスを見て、タイムは再び微笑んだ。

「あ…」

その時一声出すアイス。
目に留まったのは、ストレートの形をした指輪だった。
同じようにそれを見るタイム。
婚約指輪の時と同じ。
一度目にしたそれ以外の指輪は目に映らなくなっていた。
アイスの左手薬指にはめられた婚約指輪と綺麗に重ねてはめられるデザイン。
アイスもそれしか見えていないらしい、決まったも同然だった。

「タイム、これはどうでありますか…?」
「ボクもそれが目に入ってた。…決まり、だな」
「はい…!」

幸せそうな二体を見て、女性店員の顔も綻びていた。
新たな夫夫の誕生を、改めて心の中で祝福した。
会計を済ませた二体は、女性店員を見て再度頭を下げ、ジュエリーショップを後にする。
女性店員も同じように頭を下げ、ありがとうございました、と明るい声を店内に響き渡らせたのだった。

***

外と比べると若干薄暗かったジュエリーショップ。
そのせいなのだろうか、空の上に浮かぶ太陽が二体にとって眩しく感じられた。
澄み渡る青空を見つめるタイムとアイス。
輝いて見えたその光景、まるで二体を祝福しているかのように思えた。

「アイス」
「はい?」
「…見せたい場所がある。来て、くれないか?」

断る理由はない。
アイスはその場所が何処なのかと思いながら、微笑んで頷いてみせた。
背を見せると同時に差し出されるタイムの右手。
そんなタイムの背中を見つめながらアイスは手を取り、並んで歩き始めた。

このような関係になる前は、恥ずかしくて出来なかった事。
手を繋ぐ事が出来ず、その頃はタイムの一歩後ろを着いていくように歩いていた。
しかし、今はこうして彼から手を差し伸べてくれ、更にその彼との結婚を控えている。
アイスはとても幸せな気持ちだった。

「タイム…?」
「…ん?」
「ふふ、呼んでみただけであります」

フン、以前ならそう言っていたであろうタイム。
現在アイスに向けた言葉は、そうか、と言う優しい一言だった。

***

そこからは、何時も行っていた時計塔全体が見えた
時計は変わらず時を刻み続け、そして一定時間毎に鐘を鳴らす。
その時計塔と同じ背になったかのように感じられる丘へと二体は来ていた。

時計塔とは全く正反対のこの場所。
時計塔にいる時のように、街全体が見渡せて景色がいい。
時計塔と向かい合うように、そこにはある建物が建っていた。

純白色の建物。
空へと届きそうなほど屋根は尖っていて、その先端には十字架が見える。
その途中には、多少の風で揺れはしない、大きな金色の鐘の姿があった。
建物の正体――それは教会だった。

「わ…あ……」

その教会に見とれ、思わず声を零すアイス。
時計塔からこの場所が見えるとはいえ、タイムもアイスもこうして赴くのは初めての事だった。
今は人気が感じられないが、たくさんもの人やロボットがここで式を挙げてきたのだろう。
その光景が二体には見えるような気がした。

「綺麗であります…タイム…」
「…そうだな…」
「もしかして、時計塔からこの場所を見ていたのでありますか…?」
「…そうだ。アイスもここの事は見えてただろ?」
「はい。一度…来てみたいと思っていたのであります…」
「…そうか」

教会に目を奪われつつ、タイムと会話をするアイス。
とても嬉しそうな様子に、今日何度目か分からない微笑みをタイムは浮かべた。
教会が建設されてから時は経過しているはずだが、まるで立てられたばかりのように綺麗な姿だった。

「…式。ここであげないか…?」
「……!」

その時ようやく、アイスの視線は教会からタイムへと向けられた。
タイムも同じようにアイスを見る。
繋がれた手に少し力が込められた。

「…こんなに綺麗な所で。時計塔が見えるこの場所で…結婚式をあげられるのでありますね…」
「…そうだ」

優しい微笑みを見せたと同時に、アイスのアイカメラからは一筋の涙が溢れた。
タイムはそんなアイスのアイカメラに触れるだけのキスを落とすと、頷いて見せる。
アイスは目を細め、笑ってみせた。
そうした後、二体はもう一度教会を見つめる。

そう遠くない未来。
ここで結婚式を挙げる日の事を想うと、自然と二体の表情が綻びる。

時刻はお昼を示そうとしていた。
時計塔からの鐘の音が聞こえると同時に、二体は教会を後にするのだった。

2015/06/09

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