1.5

「はい、莉緒ちゃん」

「あっ、ありがとー」


差し出されたコーヒーを受け取って笑みを向ければ、テーブルの向かい側に麻衣も座って笑みを浮べる。
麻衣とは幼稚園の頃からの幼馴染。
少しおとなしめの麻衣の手を引いて遊び回るのが、小学校の頃の私の日課みたいなものだった。
でも4年生の時に私が引越しちゃって・・・
・・・うん、あの時は嫌だ寂しいと泣く麻衣につられて私まで離れたくないって泣き出しちゃって母さん達は大変だっただろう
車で15分も行けば会える距離なのに、あの頃の私達にはそれはもう遠い距離に感じた。
そもそも自分の足で会いに行けないってだけで不安だった。
それでも電話やメールのやり取りをして、別々の中学に進学してからは行動範囲も広がって遊んだりもした・・・
そして高校になってまた麻衣と同じ学校に通うようになり、こうしてお互いの家を行き来する程には成長した。
しかも麻衣なんて今一人暮らしをしてる。

麻衣のお父さんが仕事の都合で広島に行かなければいけないと決まったのは、去年の6月頃だった。
広島に新しく支店を出すとかで、そこの指揮をとってほしいということだったみたい。
麻衣のお父さんはよく言えば仕事一筋の人。
悪く言えば仕事以外何も出来ない人で、家事をさせると凄い事になると麻衣のお母さんも呆れて言ってたっけ?
だから麻衣のお父さん一人を広島に行かせる事が出来るはずもなく、麻衣のお母さんがついて行く事になった。
そして小さい頃から料理や洗濯なんかも手伝っていた麻衣一人がこっちに残るという今の状態が出来た。
高1の一人娘を残してまでついていかないといけないほど、麻衣のお父さんの家事は酷いらしい・・・
それでも始めは麻衣も一緒に広島に行くという話も出てきてたみたいだけど、それを麻衣は頑なに拒否した。
立海に入るために麻衣がどれだけ努力したかは麻衣の両親も知っていたし、何より麻衣の意思が固くて結果今の状態に落ち着く事になったのだが・・・


「・・・そこまでする程の価値があの男にあるとは思えないんだけど」

「えっ?莉緒ちゃん何か言った?」

「ううん、何でもないよ」


思わず眉間に皺を寄せて呟いた言葉は、どうやら麻衣にはよく聞き取れなかったらしいので軽く首を振って誤魔化す。
そう、麻衣が一人暮らししてまで神奈川に残ったのには理由がある。
いやむしろ、立海大付属高校を受験したこと事態にも同じ理由が関わってくる。


(切原赤也・・・・・)


始め、麻衣の口からその名を聞いた時は何の間違いかと思った・・・










今思えばあれは私が悪かった。
中学2年の時に麻衣を誘って行ったテニスの大会。
テニス部の友達に軽い気持ちで差し入れを持って行ったその大会で、まさか麻衣があの切原に一目惚れするとは思ってもいなかった・・・
たまたまその日は試合会場の近くまで麻衣と遊びに出てて、いつもより人の多いその流れの中に見つけたテニスラケット。
「 そう言えば今日が試合とか言ってたし何か買って持って行ってやろうかな 」ぐらいの本当に軽い気持ちだった。
まさかちょっと待っててと言って差し入れを友達に渡しに行っている間に麻衣が切原と出会い、さらに好きになるだなんて想定外もいいところだ。
差し入れを渡すだけのつもりが少し話し込んでしまい、慌てて麻衣の所に戻ればどこか麻衣の様子がおかしい・・・
しかし「 莉緒ちゃん、莉緒ちゃんの学校にこんな人いる? 」なんて特徴を言われて問われれば、素直に「 それ、同じクラスの切原だよたぶん 」とか答えた私は馬鹿だった。
いやでもまさか、今まで恋愛事に無縁だった麻衣がそんな短期間で誰かに惚れるだなんて考えもしなかったから・・・
しかも相手はあの切原赤也。
その後すぐに状況を把握した私は即座に「 いや、ごめん。何かの間違いかもしれないからもう一回特徴聞かせてくれる? 」と、『 麻衣の一目惚れの相手=切原 』説を否定したかった。
しかし聞けば聞くほど相手はあの切原で間違いない。
そもそも2年でテニス部のレギュラーって切原しかいないし・・・
否定のしようが無かった・・・

で、その後麻衣は立海を受験することにしたと私に笑顔で報告。
たぶん切原と同じ学校に通いたかったからだろうけど、私も麻衣とまた同じ学校に通えるのは嬉しいという想いがあったので応援した。
実際普段の切原の様子を知ったら麻衣の気も変わると思ったし、そもそも再び会うまでにはその時点で1年以上先だったので気持ちも冷めると思っていた。
しかし、その私の考えは甘かった。
砂糖菓子よりも甘かった。
その時は知らなかったけれど、麻衣は恋に関しては驚くほど一途らしい・・・
その証拠に麻衣の気持ちは変わる事も冷める事も無く、高校へ入学。
でもその時はまだ、大切な親友の初めての恋だと応援しようとも思えた。
中学の頃の切原はテニス一直線で、普段の生活態度は呆れるものだったけどとにかくテニス中心の奴だった。
だから怪しい女性関係の噂を聞く仁王先輩じゃなかっただけまだマシだと自分にも言い聞かす事が出来た。
しかし・・・・


(何がどうなってあんな奴になった・・・)


高校に入ってからの切原の様子を思い出して思わず頭を抱えたくなった。
あれだけテニス一直線だった奴に彼女が出来た。
それだけならまだ麻衣を慰めて終わりだったのだが、その後別れる付き合うの繰り返しが始まった。
今では、『フリーの時に告白すれば必ずOKが貰える』とまで言われるほど・・・
そんな最低野郎の事なんてとっとと忘れればいいのに、未だに麻衣は切原に片想い中だ。
そんな現状に私は思わず溜息を吐いた。
するとその時・・・


「ねぇ、莉緒ちゃん」

「ん?何?」

「あのね、実は私・・・」


何かを言おうとして口篭る麻衣の姿。
私はその様子に思わず首を傾げる。
そう言えば、今日は麻衣に話があると言われて来たんだっけ?
そこでやっと存在を思い出したコーヒーに手をつけつつ麻衣に先を促す。


「どうしたの?」

「あのね、私・・・・・・切原君と付き合う事になったの」


ゴホッ

咽た。
驚き過ぎてコーヒーを噴出しそうになったのを慌ててティッシュを手に取り抑える。


「だっ大丈夫莉緒ちゃん?」


心配して傍によってきた麻衣に何とか頷いて答えつつもゴホゴホッと咳は続き動揺も止まらない・・・
えっ?何さっきの?
私の聞き間違いだよね?
それからどうにか落ち着いたところで、私は恐る恐る麻衣へと問いかける。


「・・・・・麻衣、さっき何て言った?」

「えっ?あっ・・・・・あのね、私、切原君と」

「ちょっとストップ!やっぱり待って!!!」


ダメだ、さっきの台詞をもう一度聞くとか私耐えられそうにない!
でもこのまま聞き流してしまえる話題では到底無く、どんな経緯でそうなってしまったのかだけ問いかけた。
そして聞いた瞬間、やっぱり私は頭を抱えたくなった。
それでも、これまで見ているだけでいいと言っていた麻衣がどうして急にこんな行動を起したのか理由を聞けば仕方ないと思えたし、何より嬉しそうな麻衣を見ていると私の答えなんて決まっていて・・・


「よかったね、麻衣。応援するよ」

「ありがとう莉緒ちゃん」


麻衣がどれだけ切原だけを想ってきたのか私が一番よく知っているし、理由が理由なだけに反対する事も出来ずに私は笑みを浮べた。
とりあえず、切原が麻衣を泣かせるような事があれば全力で殴りに行こうと決めて・・・


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