03

昨日あの後も部活中フェンスの外へと何度か視線を向けてみたが、結局聖莉の姿を見ることは無かった。
今まで付き合ってきた奴は、彼女ってだけで人の波を当然のように掻き分けてフェンス一番前を陣取っていた。
そして耳につく声援を送ってきたり、差し入れだとちょくちょく呼ばれたりして確かに少しウザイとは思っていた。
しかし柳先輩情報によると、聖莉が部活を見に来てないのは昨日だけではなかったらしい・・・
いや、正確に言うと一度も練習を見に来た事が無いらしい。
丸井先輩は「お前そんな情報まで集めてんのか?」なんて引き攣った顔をしていたが、正直俺はそんな事を気にする余裕は無かった。
仁王先輩に指摘された、俺が聖莉の事を全く知らないという事実・・・
それが妙に気になり始めて、昨日の柳先輩とのダブルスでは危うくレギュラーでもない奴らに1セット取られるところだった。
柳先輩にフォローされてすぐに俺も気合を入れ直してその後はいつも通りにサクッと勝ったが、危うく真田副部長の鉄拳が飛んでくるところだった・・・
まぁ実際に怒鳴られていたのは、ここの所やたらと煩くなっていたフェンス外の女達。
真田副部長に『煩いこのたわけ共が!』と怒鳴られ、蜘蛛の子を散らすようにその場から姿を消してたな・・・

俺は昨日の事を思い出し大きな溜め息を吐いた。
そしてそれとほぼ同時に鳴った4時間目終了を告げるチャイム。
問題の昼休みの開始だ・・・
俺はほぼ何も書かれることなく広げられていたノートや教科書を机の中に入れて立ち上がる。
そして手ぶらで教室から廊下へと出ると、ちょうど紙袋を持った聖莉がこちらへとパタパタと早足でやって来るところだった。
俺の姿を見つけた瞬間、ふわりと浮かぶ聖莉の笑み。
自然と俺の足も聖莉へと向かって進んでいた。


「これ、今日のお弁当」

「あぁ、サンキュー」

「今日はこの前切原君が食べたいって言ってたアスパラのベーコン巻き入れてみたの」

「マジで?!あれたまに食べたくなるんだよな〜」

「シンプルだけど美味しいもんね。
じゃあまた放課後」


そう言って自分のクラスに帰ろうとする聖莉を俺は慌てて呼び止める。


「聖莉、ちょいストップ!」

「え?何?」


驚いた様子で振り返る聖莉。
そりゃそうか、いつもはこのまま聖莉はクラスに帰るし俺は屋上の先輩達の所に向かう。
しかし今日は違う。
俺は振り向いた聖莉から少しだけ視線を逸らしてから口を開く。


「あのよ、・・・・・今日は一緒に昼飯食わねーか?」

「・・・・・・えっ?」


驚きから目を見開く聖莉の様子に、俺は何故か取り繕うように早口で言葉を続ける。


「いや、今日はいっつも一緒に昼飯食ってる先輩たちがいねーんだよ!
ほら、課外授業っつって朝バス乗ってさ」

「あぁそうか、3年の先輩達今日は何班かに分かれていろんな施設見学に行ってるんだよね」

「そうそう!だから俺今日は一人なんだよ!
でも飯一人で食っても面白くねーだろ?
だから一緒に食おうぜ」

「えっ?でも、それならクラスの友達の方が・・・」

「たまには一緒に昼飯ぐらい食おうぜ・・・・・俺ら付き合ってんだろ?」


途惑う聖莉の言葉を遮るように口を開いた。
確認するような問いかけ・・・
すると聖莉の表情は驚きへと変わる。
しかしそれもゆっくりと笑みへと変わっていき、聖莉は嬉しそうに頷いた。
その事に何故か俺までも嬉しくなって笑みを浮かべる。


「ならとっとと行こうぜ!
待ってっから弁当取って来いよ」

「あっ、どこで食べるの?」

「屋上。
あそこならテニス部以外の奴ら来ねーからな」

「えっと、じゃあ先に行ってて?
私ちょっと用事があるから、それ済ませてから行くよ」

「用事?」

「うん、係りの仕事があって・・・でもすぐに終わるから」


そう申し訳無さそうに微笑まれると頷くしかない。
早く終わらせて来いよと言い置いて、俺は先に一人で屋上へと向かう。
それから5分もしない内に聖莉も屋上へとやって来て、俺達は始めて一緒に昼飯を食い始めた・・・










屋上には普段鍵がかかっている。
それをどうやって手に入れたのか、幸村部長が用意した鍵を使って俺らテニス部のレギュラーはある意味避難するように屋上で昼飯を食べるのが習慣になっていた。
これがあるから、昼休みは煩い奴らに邪魔される事無く平和に過ごせる。
だからここにはテニス部以外の奴を呼ぶ事はほぼない。
彼女に一緒に食う約束をさせられたとしても、その時は別の場所で食う事にしてるし先輩達もそうしてる。
しかし今日は俺以外はいねーわけだし、別の場所を探すのも面倒だしこいつならいいかと聖莉と一緒に屋上にいつものように座る。
そして普段通りに弁当を開いて食べ始める俺の横で、少し緊張しているような聖莉がおずおずと袋から弁当を取り出し開ける。
その様子をチラッと見た俺は、聖莉の弁当を見た瞬間思わず驚きから口を開いた。


「あんたこんなちっちゃい弁当で足りんのかよ?!」

「えっ?う、うん・・・」

「俺の弁当の半分も量ねーじゃん!」

「私は切原君みたいに部活してないから、これぐらいで足りるんだよ」


そう言う問題か?
苦笑を浮べる聖莉の膝の上には、手の平サイズと言っても大げさじゃない大きさの弁当。
俺ならおやつ代わりにペロリだな。
つーかおやつにも足んねーかも・・・
俺は思わず眉根を寄せると、箸を持ってない方の聖莉の手首を試しに掴む。


うわっ細っ!
あんたもうちょいちゃんと食った方がいいんじゃね?
余裕で一周すんだけど・・・」


余裕で掴める聖莉の手首。
こりゃもう少し上の方でも掴めるなと顔を上げた瞬間、真っ赤に染まった聖莉の顔が目に映った。
それに今の自分達の現状を思い出して慌てて手を離す。
しかし俯いた聖莉は耳まで赤く染まっていて、思わず俺の顔にまで熱が集まるのを感じる。
えっ?何これ俺謝った方がいいのか?!
でっでも手首掴んだだけだろ?
一応俺ら付き合ってるわけだし、何かここで謝るのも可笑しくね?!
悩んだ末俺は結局視線を逸らし、同時に話題を変えるように思いついた事をそのまま口にした。


「あっ、そっそーいやあんた一人暮らししてるんだってな!
毎日弁当作るの大変じゃね?」

「えっ?
・・・・あぁ、ううん。
いつも前の日の夕飯のおかずとか多めに作って入れてるから・・・」

「でっでもよ、俺の方が明らかに量とか品数も多いしよ」

「そのお弁当箱昔うちのお父さんが使ってたものなの。
お母さんが忙しい時はよく私が作ってたし、一人分を作るのって逆に面倒だから」

「はぁ〜なるほどね〜・・・」


そう言われれば、今俺の膝の上に乗っている弁当箱は男物だ。
少なくとも聖莉が使うような大きさではなかったなと視線を向けた。
すると、そんな俺の耳にどこか途惑いを含んだ聖莉の言葉が届く。


「あの、それより・・・・・私、切原君に一人暮らししてるって言ったっけ?」

「うぇっ?!」


当然の疑問と言えば当然の疑問だ。
俺と聖莉が今までにした会話など、弁当の感想が主・・・
俺が知ってる聖莉に関しての情報は柳先輩経由で得たものばかりだ。
それを抜きに考えれば、名前とクラス、それに料理が美味いってことぐらいか・・・
いや、料理が美味いってのも一人暮らしで聖莉が作ってるだろうと言われるまでは、もしかすると親が作ってるかもしれないと思ってたからダメか・・・
とにかく、俺は聖莉から向けられる視線に慌てて口を開く。


「いや、これは柳先輩から聞いて・・・・
あぁ!柳先輩ってーのはテニス部の先輩で、データーマンとか言われてて!
こう本当に見えてんのかわかんねーぐらい目の細い先輩で!」

「あぁ、昨日切原君とダブルスしてた先輩?」

「そうそう!
その先輩からチョコッと聞いた話で・・・
・・・って昨日聖莉練習見に来てたのか?

「えっ?」


焦っていた脳がスッと冷静になる。
俺の疑問に、聖莉はよくわかっていないのか首を傾げた。
だから俺は言葉をプラスしてもう一度聖莉に問いかける。


「テニス部の練習、あんた見に来てたのか?
フェンスの所にはいなかっただろ?
・・・・・どこから見てたんだ?」

「っ!!!」


俺の疑問を理解したのか、途端に聖莉の顔が赤く染まった。
すぐに俯いて視線を逸らされるが、逃がすつもりは無い。
こっちが昨日何度フェンスの方を見て確認したと思ってんだ?!


「なぁ!」


催促するように声をかければ、数十秒して小さな言葉が返ってくる。


「・・・・・・・・図書、備、から」

「は?」

「・・・・図、準備、から」

「はぁ?」

「だっだから、図書準備室からテニスコートが見えるの!
いつもそこから見てたの!悪い?!」



自棄になったのかパッと顔を上げて、聖莉にしては力のある声に思わず驚く。
つーか、んな顔真っ赤にして言われても迫力無いんだけど・・・
俺はポカンとしつつも言葉を返す。


「いや、別に悪かねーけどよ・・・
そもそも図書準備室ってどこにあるんだ?」

「・・・特別教室棟の3階の端。
図書室の奥にあるの。
私図書委員だから・・・
さっきも図書室の鍵開けに行ってたの。
いつもは私、そのまま図書準備室でお昼食べるし、放課後は下校時間まではそこで勉強とかしてるから・・・」

「へぇ〜そんなんがあんのか・・・」


・・・・ん?特別教室棟?図書室?
何か引っかかるものがあり、それを辿ればもう3週間ほど前のあの日の出来事を思い出した。
あの、聖莉と付き合い始めた日。
部活前、特別教室棟脇でのやり取りを・・・
俺はそこまで思い出し、聖莉へと視線を向けた。


「・・・もしかして、あの日も見てた?」

「っ!
・・・・・・ごっごめんなさい!
でも見てたんじゃなくて声がね、聞こえてきて・・・」


何を、とは言わなくても聖莉には伝わったらしい。
これであの別れて即行の告白の理由が分かって俺的にはスッキリした。
だが聖莉は本気で申し訳無いと思っているのか俯いて肩を縮めている。
このまま放っておいたら泣き出しでもしそうな雰囲気に、俺は思わず苦笑を浮べた。


「別に怒ってね〜よ。
つーかんな話もっと別の所でしろって感じだよなぁ?
あっこじゃ誰かに聞かれても文句言えねーよ!」

「・・・・切原君」


そっと顔を上げる聖莉に、「それより!」と俺はビシッと指を突きつけた。


「それ、何とかしよーぜ!!!」

「そっそれ?」


俺の勢いに少し身を引く聖莉に一度頷いて俺は続ける。


「呼び方!」

「・・・・・えっ?
『切原君』?」

「そう、それ止めようぜ!
付き合ってんだから名前で呼べよ!」

「えぇっ?!」


ボンッと音がしそうな勢いで赤くなる聖莉の顔。
ここまで分かり易いと逆に面白い。
俺はニッと笑みを浮べてからかうように口を開く。


「ほら麻衣、呼んでみろよ」

「っ!!!」

「麻衣、呼べって」

「・・・・・むっ無理」

「無理じゃねーだろ?
呼べよ、麻衣

「うぅ〜〜〜〜〜〜〜」


これ見よがしに俺も聖莉の名前を呼んで催促する。
するととうとう観念したのか、チラリとこちらを見上げる聖莉と目が合った。
そして・・・


「・・・・・・・・赤也君」

「・・・・・・おぅ」


小さく呼ばれた自分の名前。
部活の先輩にも、クラスメイトにも、もちろん今まで付き合ってきた奴らにだって何度も呼ばれてきた名前だ。
しかし・・・


(ヤベッ、何か俺まで恥かしくなってきた・・・)


麻衣の熱がうつったように俺の顔も熱くなるのを感じた。
それを隠すように半ば忘れかけていた弁当へと意識を戻す。
気づけば昼休みは半分以上過ぎていた。
しかしそれ以上の満足感を得た気がして、俺は麻衣がリクエスト通り作ってきてくれたアスパラのベーコン巻きを口の中に放り込んだ。


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