04

その日の部活はシングルスでの練習試合。
と、言っても相手はレギュラーでもない3年の先輩。
とっとと済ませるかとラケットを手にコートへ向かおうとした所で、今日はやけに静かだなとフェンスの方へと視線を向けた。
・・・・どうやら昨日の真田副部長の怒声が効いたらしい。
いつもは大勢押し掛けるそこも、今日は疎らだった。


(・・・・・そういやあいつ、マジで見てんのかな?)


昼休みの麻衣との会話を思い出し、俺は特別教室棟へと視線を向けた。


(3階の端、3階の端って言や・・・・・・・あっ!)


窓際に見つけた人影。
距離はあるが、両目ともいい俺にはそれが麻衣だという事は確認できた。
目も合った気がして、試しにラケットを持った手を大きく振ってみる。
すると驚いたようにその肩が跳ねた。
そして途惑うようにキョロキョロと視線を彷徨わせた後、小さくソッと手を振り替えしてくる。


(ハハッ!んな小さく振ったら、目の悪い奴だったら気づかねーっての!)


つーかマジで見てたんだな
クツクツと浮かんでくる笑いを何とか堪えようと身を折れば、キョトンと首を傾げる麻衣の姿が目に入った。


(ヤベッ、なんかあいつ見てっとウケル・・・・)


明らかに今までに見たことが無いタイプだ。
俺は何とか笑いを抑えると、もう一度麻衣に片手を上げてから今度こそコートへと入る。
今日は少しくらい気合を入れて試合すっかと、試合相手を見て口端を上げた。










いつもより少し長く掛かった試合。
それでも結果はもちろん俺のストレート勝ち。
どんな反応をしているかと、ベンチに戻る途中で麻衣の方へと視線を向けようとする。
だが、それより一瞬早くバサッと前からタオルを投げられた。
それを慌てて掴むと、何か楽しんでいるような笑みを浮かべている仁王先輩の姿。


「今日はえらい遊んでたのぅ」

「・・・たまには俺だって真面目に試合するっすよ」

「そりゃそうじゃ。
・・・・・でもあのナックル、まるで誰かに見せるためにやってるように俺には見えたぜよ」

「・・・・・・・」


上げられた口角。
・・・絶対にこの先輩は分かっていて言っている。
思わず俺が顔を顰めれば、やはり楽しんでいるような低い笑い声が返って来た。
しかしその笑いもすぐに収まって、代わりにぐしゃぐしゃと頭を掻き回された。


「なっ何するんすか!」

「・・・まぁ、赤也にとっちゃいい傾向ってことじゃの」

「はぁ?」


何が言いたいのか分からず首を傾げる。
だが仁王先輩は答える気が無いのか、そのままラケットを手にコートへと向かって行った。
・・・本当に喰えない先輩だ










結局あれから麻衣の様子を窺う機会も無く部活は終了。
暗くなってきた空に、さすがにもう帰ってるだろうなと思いつつも視線を向けてみる。
しかし予想に反して、そこにはまだ明かりが点いていた。


(・・・あいつ、まだいんのか?)


窓際に人影は見えないが、そう言えば下校時間までいるとか言ってたっけ?
思わず眉を寄せれば、急に背中にグッと体重がかかった。


「赤也!帰りにコンビニ寄ってこうぜぃ!」

「なっ何なんすか急に?」

「新作の菓子が出てんだとよ」


背中に纏わりつく丸井先輩と、そんな丸井先輩を呆れた目で見ているジャッカル先輩。
こんな二人と帰りに買い食いとかするのは珍しくない。
いつもなら『いいっすよ!』と答えてジャッカル先輩に何か奢ってもらおうとする所だが、今日はどうしても気になるものがある。
今までにも点いていたはずの図書準備室の明かり。
しかし今日は、そこにあいつがまだいんのかと思うと妙に気になる。
俺はニッと笑みを浮べると、丸井先輩の腕から逃れつつ校舎の方へと早足で向かう。


「今日はちょっと用事があるんでパスっす!」

「何だお前また課題忘れてたのか?」

「用事っすよ用事!
また今度奢って下さいよ、ジャッカル先輩!」

「おいっ!俺は奢るなんて一言も言ってねーぞ!」


そう言いつつも毎回何かしら奢ってくれるから、丸井先輩にもたかられるんすよ・・・
俺は苦笑しつつも、そのまま校舎へ向かうスピードを上げた。










「あれ?あっ赤也君?」


辿り着いた昇降口で靴を脱ごうとした所で、階段の方から声が降ってきた。
靴へと向けていた顔を上げると、キョトンとした麻衣の姿。
手には鞄が握られていて、どうやらちょうど帰るところだったらしい。


「あんたいっつもこんな時間まで一人残ってんの?」

「えっ?うん、だいたい下校時間前ぐらいまではいるかな・・・」

「図書委員って大変なんだな」

「あっ、これは私が勝手にやってるだけなの!
放課後は本当は先生が鍵の開け閉めしてくれるんだけど、私帰っても一人だしあそこで勉強とか本読んでる方が落ち着くから」

「何だ、俺の練習見るために残ってんのかと思った」

「・・・・・・・・・・・・・・・・それも、ある」


小さくポツリと返された麻衣の言葉。
冗談交じりに言った言葉なだけに照れがくる。
それを誤魔化すようにほぼ部活関連のものばかりが入っている鞄を持ち直した。


「あっ、赤也君は何か忘れ物?」


俺が何故ここにいるのかという麻衣の問い。
それに俺は思わず何て答えようか言葉を捜す。


(・・・あんたがまだ残ってるのかどうか見に来た、何て言える訳ねーだろ)


俺は麻衣から視線を逸らすと、誤魔化すように口を開く。


「別に、もう用は済んだから気にすんなよ」

「そうなの?」


キョトンと首を傾げる麻衣。
俺はその姿をチラッと見てから携帯へと目を向ける。


「つーかもうこんな時間だぜ?
さっさと帰った方がよくね?」

「えっ、あ、うん!」


俺が促すと、階段の所で動きを止めていた麻衣が慌てた様子で下駄箱へと向かった。
そして麻衣が靴を履き替える姿を何となく見つつ、俺は問いかけを口にする。


「なぁ、あんた帰りどっち?」

「えっ?」

「学校出て右?左?」

「あっ、えっと・・・・右。」

「何だ、方向一緒じゃねーか!
ついでだしこのまま一緒に帰ろうぜ?」


折角だしと誘えば、驚き顔を上げる麻衣。


「えっ?でも部活の先輩達と一緒に帰るんじゃないの?」

「いつも一緒に帰ってるわけじゃねーし、今日はもう帰ったんじゃね?」


たぶん今頃近くのコンビニにでも立ち寄って菓子コーナーを物色中だろう。
そんな事を考えつつ麻衣の返事を待つが、こうなる事を全く考えもしていなかったのか動きは鈍い。
靴ももう履き替えてるみてーだしと、俺は麻衣の返事を諦めて腕を掴んで外へと向かい歩き出す。


「あ、赤也君?!」

「とっとと帰ろうぜ?お前家どの辺?」

「え、えっと・・・下りの電車で2つ目の駅降りて、歩いて10分くらいの所だけど・・・」

「何だ俺の降りる駅の一個手前じゃん!」


気付かなかったけど、もしかすると今まで同じ電車に乗って帰ってたんじゃねーの?
そう続けて麻衣の方を振り返れば、微かにだが頬が赤い。


「あの、赤也君・・・・手」

「手?
・・・・あぁ、わりぃ」


引っ張るように掴んでいた手がそのままだった事に気付いて離す。
何となくそのまま斜め後ろを歩かれるのかと思ったが、麻衣は鞄を軽く持ち直すと少し足を速めて俺の隣に追いつき並んで歩き始めた。
そんな些細な事だが、何故か嬉しく感じられ思わず顔に笑みが浮かぶ。


「あっ、そう言えば部活お疲れ様!
試合凄かったね」

「おっ!ちゃんと見てたか?」

「うん、あのサーブ凄かった!
ほら、いろんな方向に跳ねてたやつ」

「ナックルサーブっつーの」


さすがに部活の練習試合で人に直撃させるつもりはなかったが、俺の常を知ってる試合相手の先輩はビビッちまって話になんなかった。
それが分かってるからいつもは打たねーんだけど・・・
俺はそこまで考えてチラッと隣の麻衣へと目を向ける。


「ナックルサーブって言うんだ・・・
私あんなの見たの始めてだったよ!
凄いね、一回も打ち返されてなかったでしょ?」


嬉しそうに浮かぶ笑顔は、今まで見た事があるあの控え目の笑顔とはまた違うものだった。
楽しげで、でもどこか子供っぽいそんな顔。
そんな麻衣の笑顔を見て、つられるように俺の顔にも笑みが浮かぶ。


「とーぜんだろ?
なんたって立海大2年エース、切原赤也だぜ?」

「フフッ、そうだね!
2年でレギュラーって赤也君だけだもんね」


向けられる笑みに嬉しくなる。
そんな麻衣の笑顔をまだ見ていたくなる。


「じゃあ今度はまた違う技見せてやるよ!」

「本当?楽しみにしてる」

「つーかさ、あんた放課後ずっとあそこにいないと駄目なわけ?」

「えっ?あそこって図書準備室?」

「そっ。少しぐらい抜けらんねーの?」

「別にずっといないといけないわけじゃないよ?
開け閉めさえすればいいんだし、それだってわざわざ先生に来てもらうよりずっとあそこにいる私がしましょうかって言って任せてもらえるようになっただけだし・・・」

「なら明日は外まで見に来いよ!」

「・・・・・・・・・・えっ?」


驚きからか麻衣の足が止まった。
自然と俺も足を止めて、麻衣を振り返る。
もちろん即答で首を縦に振ると思っていたが、麻衣の表情が少し曇るのを見るにどうやら違うらしい・・・


「・・・嫌か?」

「嫌って言うか・・・あそこから見てたら駄目なの?」

「別に駄目じゃねーけどよ、よく見えねーだろ?」

「でも私背が低いし、あんな大勢いる所じゃ見えないと」

「あぁ、それなら大丈夫だって!
昨日久しぶりに真田副部長の怒声が飛んでよ!
今日とかすっげー疎らだったぜ?」

「えっ・・・でも怒られたばっかりならやっぱり行かない方がいいんじゃない?」

「へーきへーき!
静かに見てる分には問題ねーんだから!
な?見に来いよ!
すっげー技間近で見せてやるからよ!」

「・・・・・・うん」


俺が軽い調子で言い募れば、未だ戸惑い混じりながらも麻衣は頷いた。


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