きみのこと、ぼくのこと@
屯所の朝、小春は目覚めるといつものように支度を済ませ、朝食を取りに向かった。紫がかったポニーテールが歩くたび揺れる。目指すは食堂、と思っていたが、小春はとある部屋の前に人だかりを見つけて足をとめた。
「…何かあったの?」
近くにいた隊士に尋ねると、しーっと人差し指を唇にあてられた。そして耳打ちで人だかりの意味を教えてくれる。
「局長が、すごいべっぴんさんと話してるんですよ!結婚がどうとか!!」
「えっ?近藤さんが、結婚?妙ちゃんじゃなくて??」
首をかしげて小春も中を覗こうとする。しかし背が低いために中が見えることはなかった。一番前を陣取っていた山崎が口を開くと、小春は合点がついた。
「お前ら、知らねーの?あれ、沖田さんの姉上殿のミツバさんだよ!」
「あぁ、あの激辛せんべいの!」
「…辛くて食えねぇんだよ、あれ…」
なんとか前に来ることに成功した小春は、襖の隙間から中をのぞく。そこには確かに、とてもきれいな女性がいた。総悟と同じ亜麻色の髪に白い肌。なでしこのような人だと小春は思った。
「しかし似ても似つかんねェ。あんなおしとやかで物静かな人が沖田隊長の…」
「だからよく言うだろ?姉弟のどっちかがちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりした子になるんだよ!バランスがとれるようになってんの。世の中!」
「なんかザキさんが語ると嫌なかんじだねー」
「…えっ、小春ちゃん…」
知った口を利く山崎を適当にあしらいながら、小春は中の女性を見つめた。そして先ほどの会話からミツバが江戸に来た理由を推測する。彼女は武州に住んでいて、そして結婚の報告やらでこちらに来ているのだろう。もしかしたら江戸の人間と結婚するのかもしれない。どちらにせよ、喜ばしいことだ。そこで、小春を呼ぶ小さな声が聞こえた。
「…小春、こっちに来なせェ」
そこにはバズーカを構えた総悟が立っていた。あわてて小春は総悟の傍まで避難する。総悟はそれを確認すると、野次馬どもに景気よく一撃をお見舞いした。
「まぁ、相変わらずにぎやかですね」
近藤とミツバのいる部屋の襖をぶち破って吹っ飛んだ隊士を見て、たったそれだけの反応とは、さすが総悟の姉だと小春は思った。
「おお、総悟!やっと来たか!!」
「すいません、こいつ片付けたらいきやすんで」
「総ちゃんだめよ?お友達に乱暴しちゃ、めっ!」
「…まさか、総悟にそんなこと言った、って、…」
無駄ですよ。そう続くはずだった小春の言葉は途中で途切れた。
「ごめんなさい、お姉ちゃん!!」
「「えぇーーーー!?」」
全くの別人な総悟をみて、小春と山崎は声を合わせて叫んだ。近藤はそれを見て、相変わらずだと笑う。そうか、総悟はシスコンだったんだ、と心の中で思ったことは内緒だ。
姉弟水入らず、積もる話もあるだろうということで総悟は非番になった。
「…局長…、なんですか、アレ…」
「あいつはなァ、幼いころに両親を亡くして、それからずっとあのミツバ殿が親代わりだったんだ。あいつにとってはお袋みてェなもんだよ」
「じゃぁ、今日の総悟は見なかったことにしようか?ザキさん」
「そうだね、小春ちゃん」
姉上と、仲良く手を取って出かける総悟を見て、少し羨ましく思った。わたしも、いつか…。
****
小春は、危うく食いっぱぐれるところだった朝食をとると、急いで土方のもとへ向かった。その日の仕事は土方に指示を受けることになっていたからだ。
「土方さん、おはようございます!」
「小春、来たか。処理済みの書類はそっちにある。それから、こっちがまだ印を押してねェ。これを午前のうちに片付けといてくれ。午後は見回りだったな?」
「はい!了解です。そういえば土方さん、総悟のお姉さんが来てるの聞きました?」
さっそく処理済みの書類を種類別に分けながら、小春は土方に尋ねた。
「あぁ、聞いた」
小春がちらりと土方を見ても、下を向いた顔をあげずに短く答えた土方。少しだけ眉間にしわが寄り、タバコをギリ、と噛み締めた。わずかな変化だが、小春はそれに気付く。
「俺は調べることがあるから行ってくる」
「わたしは連れて行ってくれないんですか?」
「お前は連れていかねェ。俺だけで行く」
(…なんか、機嫌悪い…?)
全く心当たりのない小春だが、仕方なく仕事に専念することにした。
****
午前に書類整理を終わり、午後からは見回りに行く。普通ならば二人一組で行動するが、その日小春のペアは総悟だったために、小春は一人で行くことになった。土方の態度は気になったが、元から怒ってるような顔と口調のために、気のせいかもしれない。一人で江戸の町を歩いても、暇で仕方なかった。
ぶらぶら歩いたり、河原で遊ぶ少年たちを見守ったり、迷子の子猫ちゃんを親猫の元へ帰してあげたりして、小春の一日は終わりかけた。そろそろ屯所へ帰ろうとしたときに、通りかかったのは土方と山崎の乗るパトカー。向こうも小春に気付いたようで、止めてくれた。
「やぁ、小春ちゃん。今帰り?」
「ザキさん!そうなんです。乗せてってください!」
「ったく、しょうがねェな。乗れよ」
「やったぁ!」
小春は後部座席に乗り込む。気付けば外は真っ暗で、いくら隊士とはいえど女の子が一人出歩く時間じゃなかった。もっと早く帰るつもりだったのにな、と思いながらもたまたま拾ってもらってラッキーだったと思う小春だった。
「あ、副長。あの屋敷の前に人がいますね」
「山崎、止めろ」
とある屋敷の前の人影を見つけて、車を止めるように指示した土方。確かこの屋敷は、幕府の貿易関係の人間のものだったはず。
「おい、テメェら。そこで何やってる。この屋敷は…」
そこまで言いかけて、土方は目の前の人間が誰だかわかったようだ。小春と山崎もパトカーから降りる。
「…どうしたんですか、土方さん。あれ?銀ちゃんと、ミツバさん?」
小春が声をかけても、土方もミツバも、反応をしなかった。いや、できなかったと言った方が正しいかもしれない。二人はお互いを見つめあったまま、驚いた顔をして固まってしまったからだ。
「…と、十四郎さん…!」
絞り出すかのような、小さな声の次に聞こえたのは、ミツバのせき込む声だった。銀時と山崎が駆け寄るが、土方と小春は動けずにいた。土方はミツバを、小春は土方を見つめたまま。
(ミツバさん、なんで、たおれたの?十四郎さんて、なに?)
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