お祭りのおはなしA

(…銀ちゃんと、…お兄ちゃん…)


どうやら土方の言っていた通り兄が江戸まで来ているのは本当らしい。小春は迷わず二人の方へと足を向けた。江戸の空は、色とりどりの花火で飾られていた。近づく度に、二人の姿がよく見えてくる。


「やっぱり祭は派手じゃねェとなァ」


紫地に蝶の柄の派手な着流しを着た男が言葉を発する。途端、二人は腰に差した刀に手を掛けた。


(な、何考えてんのよ!?一般人もいるのにッ!!!)

「ハッ、白夜叉ともあろう者が…後ろを取られるとはなァ。…銀時ィ、テメェ弱くなったな」

「何でテメーがこんなところにいんだ」

(…土方さんに連絡するべき?だけど、銀ちゃんとお兄ちゃんとの関係とか色々バレて、ややこしくなっちゃう…!)


二人が見えるところに隠れてひっそりと様子を伺いながらどうするべきか思案する。銀時が兄と接触しているとは思わなかった。そして突然、花火とは違った音が響き周囲に煙が立つ。一般客は皆逃げまどい、人混みは一瞬にしてなくなった。


「覚えてるか?銀時。俺と小春が鬼兵隊って遊軍を率いてたのをよ」


小春は近くの屋台の影に身を潜めて様子を窺う。高杉の話によると、これは元鬼兵隊のからくりマニア、三郎の父がこれまたからくりによって起こしている騒動らしい。


「高杉ィ、ジィさんけしかけたの、お前か…」

「けしかける…?馬鹿言うなよ。立派な牙が見えたから、研いでやっただけの話よ」


小春は、涙が出そうになるのを必死で我慢していた。自分が近藤に拾われ、真撰組に入った時からいつかは敵対するときが来るとわかっていたが、それでも高杉の言葉は小春と別の道を歩んだという事実を突き付けるのには十分だった。


「…小春が聞いたら泣いちまうぞ?それになァ、見縊ってもらっちゃ困るぜ」


銀時は自分に当てられる刀身を素手で掴みながら続ける。


「獣くらい俺だって飼ってる…。ただし獣は白いヤツでなァ…。え、名前?定春ってんだ!」


銀時が高杉を殴った音が響く。その瞬間、小春はいてもたってもいられなくて、影から飛び出していた。上手く気配を消していた小春はどうやら二人には気付かれていなかったようで、突然の登場に驚いていた。


「…銀ちゃん…行って。からくり技師さんのこと、あなたなら止められるでしょう?」


銀時は小さく頷いて、駈け出して行った。残った二人の間には沈黙が流れた。どのくらいそうしていたかはわからない。が、沈黙を破ったのは兄だった。


「…よォ、小春。久しぶりだなァ。何年ぶりだ?見ねェ内に幕府の犬になんざなりやがって。やっぱあの時無理矢理でも連れていくべきだったか?」

「…わたしは…幕府の為に働いたことは一度もないよ。わたしだって、今でも、先生を奪ったこの世界が…天人が…、憎い…」


まるで絞り出すかのようにして出されたその声は少女のものとは思えないくらい低くて、地を這うような声だった。握りしめた拳に、さらに強い握力を加えて、小春は震えを抑える。


「…だけど、ね…、こんなわたしを拾ってくれた人が、いる。家族だと言ってくれる人がいる。わたしはその人たちの為に、剣を握るよ。だって…今の、わたしの、居場所だから…」

「おい、ふざけんじゃねェぞ…。テメェの家族は俺一人で十分だ。テメェの居場所は俺の隣って決まってんだよ。…それとも、お前はやっぱり俺を裏切るのか?」



―小春、お前は俺を裏切るのか?―


小春の脳裏を過ぎる、あの日のこと。兄と最後に交わした言葉。


「…ち、違ッ…!!」

「何が違うってェンだ?そんなに震えて…、俺が怖いのか?」


小春は深く息を吸ってから、ゆっくりと刀を抜いた。その刃を兄に向ければ、自分のやるべきことが一つしかないと思い知る。


「…真撰組副長補佐、高杉小春…その名にかけて…、あなたを…捕まえます!!」


真剣な眼差しで高杉を見据える小春。しかしそれに対し高杉は高らかに笑いだした。


「ククク…、小春よォ、お前にゃできねぇよ。ま、俺も無理矢理連れて行って、オマケの犬どもまで付いて来ちまったら困るんでな。いつかお前が自分から俺の手を取るまで、何度でも迎えに来てやるよ」


相変わらず構えだけはしっかりしているが、その足は震えを押さえつけるのに精一杯で踏み出すことなど出来はしない。
高杉が動いたと思ったら小春は首筋に鈍い痛みが走り、意識を手放した。


「…お、にい、ちゃん…」


薄れゆく意識の中捉えたのは、派手な蝶の柄と、“またな”という声だった。




****




一方、真撰組はからくり軍団との戦いを終え、後始末をしているところだった。


「オイ、総悟。テメー、またサボりやがって…。それより小春はどうした」


総悟だけは戦いの最中に戻って来たのだが、小春の姿は一向に見えないままだった。


「俺にもわかりやせん。ちょっと目を離した隙にどっかいっちまったんでさァ」

「…ほう?テメーがチャイナと遊んでるときってことだな?…ったく、本当なら今すぐしょっぴきてェところだが、高杉がいる可能性もある。急いで小春を探すぞ!!」


指示を出して走り出した土方。だが小春の居場所など検討もつかなかった。屋台、便所、どこにもいないような気がした。早く見つけてやらないと危ないと直感がそう告げていて土方は焦りを見せる。

そして地面に落とされたイチゴ味のかき氷を見つけ、走っていた足を止めた。普通に考えればこの混乱で子供が落としたのだろうと考えるが、嫌な予感がする。焦る気持ちを抑えて舌打ちを落としその周囲に目を向ければ黒い服を着た女が倒れていた。


「小春ッ!!!」


急いで駆け寄って抱き起してみるが、返事はない。外傷らしいものも見当たらず、慌てて脈と呼吸を確認すると、それは正常で土方は安堵の息をついた。ただ気を失っているだけのようだったがその右手は鞘から抜かれた刀を手放さずに握りしめている。


(コイツ、何で抜刀したんだ?)


いくつか疑問は残るが、土方は彼女の刀を鞘に納め、そっと小春を抱き上げると皆の待つところへと運んで行った。




****




小春の部屋では、近藤、土方、沖田、山崎の4人が集まっていた。もちろん、その中心には横たわる小春。土方は自分の見た状況を報告していた。


「うーん、確かに小春ちゃんは抜刀してたんだよなァ?それなのに手刀を受けたのは不思議だ」


小春の剣術は女であるにも関わらず、隊内では片手の指に数えられるほどだ。そんな小春が抜刀していたにも関わらず気絶させられるとは考えにくい。

ひとまず、小春が目を覚ましてから話を聞くことにして皆解散した。土方だけは小春の部屋に残り、眠り続ける小春の頬を撫でる。


「…悪かったな、守ってやれなくて…」


軽く額に口付けると、隣にある自室に戻って行った。




****




翌日、目を覚ました小春は切腹覚悟で真実を話すことを決意していた。


(ここで過ごすのも最後かァ…。隣が、土方さんの部屋で、いつも遅くまで明かりがついていて…、手伝わせろって逆切れしたこともあったなぁ。なんだかんだで、優しくて、面倒見が良くて…、そんなあなただから…、ううん。この気持ちはなかったことにしてしまおう。お兄ちゃん、自分の所為で私が切腹だって知ったら、後悔するかなぁ。…しないか、あの人は。少しは悲しんでくれるかなぁ。…最期はせめて、土方さんの介錯で逝きたい)


壁に掛けてある自分の上着を見ていたら、涙が溢れた。


「…もう、お別れなんだね」

「何がだ」


言葉と同時に障子をあけて入って来たのは、隣の部屋の主、たった今、小春が想っていた人だった。


「…土方さん…」

「何が、お別れなんだよ」


少しぶっきらぼうな言い方。だけど、暖かくて安らげる声。そっと涙を拭うあなたの指。壊れ物を扱うような、優しい手付き。その全てが…。


「あの、近藤さんと、あと総悟も呼んできてもらえませんか?三人には、お話があります」


土方は頷いて、再び障子の外へ出た。少し待つと、三人がそろって入って来た。わたしはその間に失礼の無いようにと布団を片付け、男物の袴を身にまとった。


「小春ちゃん、話してくれるかい?」


三人に見つめられながら、わたしは重い口を開いた。


「実は…、皆さんに嘘を吐いていました。…わたしの名前は、藤原小春ではなく、…高杉小春と申します。あの高杉晋助の、実の妹です」


それから私は、今までの人生の細かな経緯、そして昨日の出来事を話した。


「…切腹の覚悟は出来ています。今すぐにでも」


そしてわたしは今日初めて、近藤さんの目を見た。近藤さんは驚いて声も出ないといった様子だったが、その瞳に少しずつ涙が溜まって来た。…ん?涙…??


「…小春ぢゃん!!!!い゛、いまま゛でヅラかったでじょうぅぅぅぅ…」

「ヅラじゃない…じゃなくて!!近藤さん、何言ってるんですか…?」

「アンタが何言ってるんでさァ。俺達が今更そんな小せえこと気にすると思ってんですかィ?小春は別に高杉と内通してたわけじゃねェ。たまたま兄妹だっただけでさァ」

「あー、ったく、なんだよ。大体オメー、んな改まって気持ちワリィ。黙ってたことは確かに小春が悪いけどな、自分から言ってくれたんだ。俺ァそれで構わねェよ」


さらり、と当然のことのように言ってのけた総悟。
ガシガシと、頭を掻きながら目を逸らせて照れ隠しをしながら言った土方さん。
大泣きして、何を言ってるかはわからないけど、何となく私を赦してくれているような近藤さん。
なんて、優しい人たちなのだろう。どうしてわたしはこの人達を信じることが出来なかったのだろう。


「…わたし、切腹じゃあないんですか…?」


これじゃあまるで死にたいみたいだが、わたしも景色がどんどん滲んできていて頭がこんがらがっていたのが解けるようで、糸が切れたようにわんわん泣いた。


「切腹なんて、する理由がねーだろうが」


わたしの愛しい、この家族は、どんなわたしでも受け入れてくれた。


「だから、泣かないでくだせェ」

「うぅぅぅぅぅ、トシィィィィィィィ!!!」

「オイ、近藤さんンンンン!!!鼻水付けてんじゃねェエエエエ!!!!」


土方は小春を抱きしめようとしたのに、近藤にしがみつかれてしまって動けなかった。総悟はニヤリと笑うと、口だけを動かして“残念でしたねィ”と伝え小春の頭を抱きよせる。


(クソッ、総悟のヤツいいとこ取りしやがって…)

(小春ちゃァァァァん!!!俺達はいつだって味方だからね!!!!)

(ホーラ、泣くと余計ブサイクになりやすぜ?だからアンタは笑っていなせェ)





(ねぇ、お兄ちゃん) (私にはこんなに素敵な家族がいます)

(ここにあなたもいたら、なんて) (叶うことはないのだけれど)


(私が必ず、あなたを止めるから) (は や く め を さ ま し て)

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