Real Lover - 04

赤司と本当の意味で付き合い始めてからの数ヶ月、彼が忙しいこともあり、さらに受験生ということも重なってデートらしいデートは一度もできていなかった。学校に行けば会うことは出来るし寂しいなんていうこともないのだけれど、せっかくだからたまにはお出かけしたいなぁなんて思わないこともないわけで。

もう梅雨は明けてすっかり暑くなった頃。今日はバスケ部の朝練がないので待ち合わせをしている。月に1、2回ほどこんな風に一緒に登校しようと言ってくれるのはきっと一緒に過ごす時間を作ってくれているのだと思う。待ち合わせ場所に着けばそこには既に彼の姿があった。赤い髪、少し鋭い目、水色のワイシャツはきちんとネクタイが締められている。わたしを待ってくれているのだと思うとそれだけで嬉しくて彼に駆け寄ればこちらに気付き、ふと目を細めてくれた。


「征くん、おはよう」


彼の隣に並んで手を繋いだ。見かけによらず骨張った手の表面は皮が硬くなっている。きっとバスケットボールのせいなのだろうと思う。いつだって彼は勝つのだと誰もが口を揃えて言うけれど、その影にこんな風に努力の結晶があることをどれだけの人が知るのだろう。


「そうだ、小春。今度の休みは部活がなくて1日オフなんだ。よかったらどこかに行かないかい?」

「え…、いいの?」

「もちろん、小春さえよければ」


嬉しくて思わずその腕に飛びついた。デートだね、と口に出すだけでなんだか心がうきうきと弾む。行きたいなと思っていたところにこんなチャンスが巡ってくるなんて思ってもいなかった。にこりと微笑む彼の表情に幸せを噛み締める。何より赤司も一緒にいたいと思ってくれている、それが一番嬉しかった。


「どこか行きたいところはある?」

「じゃあ、水族館。せっかくだから本当に行こうよ」


ポケットからはみ出たクラゲのストラップが揺れる。水族館なんて久しぶりだと言う赤司に胸を張って案内を申し出た。




****




デート当日。昨日は遅くまで服を並べて従兄弟に写真まで送りつけて着るものを選んだ。知らねーよ、なんて言っていても最終的には真面目に考えてくれる従兄弟に感謝しながらそわそわと待ち合わせ場所へ向かう。休みの日に駅で待ち合わせて、電車に乗ってお出かけ。まるで漫画のような典型的なシチュエーションがやってみたかった。なんて言うのは恥ずかしいけれど、楽しみだったのだから仕方ない。駅に着けばすでに赤司の姿はあった。


「征くん!ごめんね、待った?」

「いや、僕も今来たところだよ。それにまだ待ち合わせ時間前だ」

「あ、ほんとだ。征くんはいつも早いから、たまにはわたしが待っていようと思ったのに」


その言葉に赤司はじゃあ今度ね、とくすくすと笑った。今度がいつになるかはわからないけど、きっとこの先もたくさんあるから。

水族館に着いてチケットを買い中に入る。前に来たときと違い昼間の今日は子供連れも多くとても賑わっていた。水族館は久しぶりでもいろんなことを知っている赤司にあの魚は?と尋ねればほとんど正確に返ってくる。


「小春が案内してくれるんじゃなかった?」

「あ…そうだった。えへへ、征くんには敵わなかったね。…あ、ちょっと待って」


キラキラと明るいクラゲの水槽の前に着いて写真を撮るからと鞄から携帯を取り出す。これでも一応下調べはしてきたし、このクラゲの水槽は最近またリニューアルされていたので今日一番のお目当てにしていた。


「撮れた?」

「うん、ばっちり。あ!ねぇ、みてみて」


撮った写真の一部を指差して赤司へ向ける。そこには二匹のクラゲの触手がハートを描くように重なっていた。わたしたちのストラップみたい、そう言えば赤司も頷いて偶然だねと笑った。


「クラゲって可愛いよね。透き通って綺麗で、ふわふわしていて」

「うん」

「征くんもそう思う?」


隣の赤司の顔を見上げればこちらを見ていて目線が交わった。にこりと目を細めて笑う赤司に胸がドキドキと鳴る。他の客を避けるようにこちらへ半歩近づいた赤司は小春の顔を覗き込んで楽しそうにまた笑った。


「僕も可愛いなって思うよ」

「く、クラゲがね?!」


くすくすと笑われて、揶揄われているのだとわかって口を尖らせて見せれば小春も可愛いよと周りに聞こえないような小さな声で囁かれる。別に言って欲しかったわけではないのにまるで自分が言わせたみたいで恥ずかしさから視線を外してキラキラ光るクラゲを見つめた。

大きな水槽の前に設けられたベンチに座って群れをなして泳ぐ魚を眺める。天井まで全て水槽になったこの空間はまるで別の世界に来たようだった。


「ねぇ、夏休みに大会があるんだよね」

「あぁ。全中だね。僕らの最後の大会だよ」


応援に行きたい、とは言わないつもりだ。もしも来て欲しいと言われれば行くつもりではあるけれど、それもきっと言われないのだと思う。バスケをしている彼は好きだけど、大好きなバスケをして楽しそうじゃない彼は見たくなかった。


「じゃあ試合終わったら結果教えてね。それまで征くんが勝てますように!って祈っておくから」

「僕が負けるなんてありえないよ」

「あ、そっか…じゃあ怪我なく無事に終わりますようにって」

「ありがとう」


勝ちを確信している赤司が負けるところは小春には想像が出来なかった。だけどこの先何かの勝負に負けることがあったなら、赤司はどうなってしまうのだろう。そのときに支えてあげることが自分にできるのだろうか。微笑む赤司の黄金の瞳に何も言えることはなくて、小春はただ曖昧に笑い返した。




****




鞄の中で携帯が震え着信画面を表示する。今小春のいる公園には誰もいない。照りつける日差しの中で通話ボタンを押し無理やり顔を上にあげる。夏の太陽がひどく眩しかった。


『小春。僕たちの勝ちだよ』

「そっか!おめでとう。これで3連覇なんだよね、やっぱり征くんはすごいや」

『僕が負けるなんて、ありえないからね』

「…そうだね。試合、終わったばかりでしょう?大丈夫?疲れてない?」


用意していた彼を労る言葉、勝利を祝う言葉。出来る限り明るい声で、今の心の中はもやもやとした気持ちが広がっているけれど、決してそれを悟られないように。

やっぱり行かなければよかったのだろうか。小春は今日観た試合を思い返して目線を下へ落とした。




****




あれは2週間ほど前のことだった。図書館で勉強をした帰り道に公園でバスケットボールを手に佇む黒子を見つけたのは。普段は彼がそこに居たってきっと気付かないのにその日はやけに印象的に小春の視界に飛び込んできた。既に大会が始まっていることを知っていたので様子を聞こうと声を掛けると黒子は小春の姿を見て何か言いたげに瞳を揺らしたのだった。


「藤原さんは試合を観に来ないんですか?」

「…うん、行くつもりはないよ」

「それは何故ですか?バスケに興味がないからですか、それとも……」

「……征くんが、あんまり楽しくなさそうだから」


そう伝えれば黒子はハッと目を見開き、そしてしばらくの沈黙の後重い口を開いた。それなら尚更観に来て下さい。ボクたちの試合を観れば全てわかると思います。小春の返事を待たずにペコリと頭を下げて足早に去っていく黒子の背中を見送る。

気にならないわけじゃない。だけどいくら恋人とはいえバスケに関しては全く関係がない立場で直接聞くことはできず、無闇に頭を突っ込むわけにもいかず、受験生であることを言い訳に避けていたのも事実である。原因を知ったところで助けられるとは思わないけれどせめて心の拠り所に少しでもなれたら良い。黒子と話してから観に行くべきか迷い続けてついに最後のチャンスの日に小春は会場へ足を向けた。

試合の展開を見ても単に圧倒的な力の差がモチベーションを下げていたのかと思った。最後の帝光のオウンゴールがなければ。並ぶ点数、赤司の凍りきった冷たい目。試合終了のブザーと絶望の浮かぶ対戦相手の選手たち。そこからどうやってここまできたのかはよく覚えていない。ただ赤司や他の帝光の人に見つかる前にと急いで会場を出て歩いていたらここにいた。

電話を切って待ち受けに設定したクラゲの写真を見つめる。どうしてあんな試合をしていたのか、理由は少し考えたらわかるけれど、だからといってやっていいことかと言われると答えはNOである。あの試合に出場していなかった黒子はどんな気持ちで見ていたのだろう。


「わたしは楽しそうな征くんがまた見たいよ…」


かつてバスケを好きだと言っていた赤司の顔が浮かぶ。彼の言う勝利が、今日の勝利が本当に必要なものなのか小春には全く理解ができなかった。

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