Real Lover - 05

教室内はいつも以上に賑わいを見せていた。実行委員が黒板に書く文字に多くの声が上がる。今は帝光祭の出し物について話し合うHRの時間である。女子たちの強い希望により劇とまでは決まっていて黒板にはシンデレラ、不思議の国のアリス、美女と野獣と定番の作品名が連ねられている。


「ねぇ小春。絶対王子様とプリンセスが出てるやつにしてあげるからね」

「え?わたしはなんでもいいけど…」

「何言ってるの!どう考えても王子役は赤司くんしかいないじゃない。そしたらプリンセスは小春に決まりでしょ」


2人だったらどれがいいかなぁなんて吟味している友人に苦笑いを浮かべる。本当のカップルが演じる劇なんて見たい人がいるのだろうかと些か疑問が残るので出来ればそれは避けたいところである。しかし赤司が王子役をやるというのなら他の女子に姫役を譲るわけにもいかない。だったら答えは簡単である。そういう作品でなければいいのだ。


「でもわたしはアリスがいいな、衣装やセットも可愛くて準備から楽しそうじゃない?」

「う〜ん、やっぱりシンデレラかなぁ…、え?ごめん、何?」

「…聞いてないし」


はいみんな聞いて!実行委員が大きな声を出したところで小春は言葉を止めた。もういい、なるようになれ。いざとなればシンデレラだろうがジュリエットだろうが腹を括って演じればいいのだから。多数決を取る中で残念ながら小春の投票したアリスには決定しなかった。選ばれたのは白雪姫。ど定番故に小さな子供から大人まで話が通じてわかりやすいからと言われれば納得せざるをえない。続いて配役を決めるときには真っ先に王子役として赤司が推薦され、彼も快く引き受けた。


「ほら、もう小春しかいないよ」

「…う…いや、でも……」


ちらちらと小春を見るクラスメイトの視線を感じながら居心地の悪さにため息をこぼした時、とある生徒が手を挙げて実行委員を呼んだ。


「白雪姫役はうちのクラスで一番背が高い人が良いと思う」


その発言にクラス中が騒めく。背が高い人、と言われて視線が集まったのは緑間だった。当の本人は机の上に招き猫を置いて涼しい顔をしている。背が高い人の指名理由は去年の帝光祭で紫原がドレスを着ていて、そのギャップにインパクトがあったから、というものらしい。そうなれば皆真面目に劇をするよりも面白くなるかもと期待を持って緑間を説得にかかっていた。初めこそ渋っていた緑間も最終的に文化祭当日までラッキーアイテム探しを全面協力することで落ち着いたようだ。


「ちょっと、赤司くんのお姫様といえば小春しかいないでしょ…?!」


悔しそうに抗議する友人を宥めて、黒板に書かれる「白雪姫 緑間」の字面のアンバランス感が面白くてつい声を出して笑ってしまった。


その夜、赤司からかかってきた電話で帝光祭の話になった。クラスが一緒でも何かと忙しい赤司と話す時間は限られている。だからこうして少しでもとお互いに時間を作るようにしていた。


「それにしてもさ、緑間くんがお姫様ってやっぱり面白いよね。すごく不服そうだったけど」

『はは、そうだったね。僕としては小春が姫役の方がよかったけど』

「わ、わたしだって他の女の子がやるくらいならって思ったけど…」


男子だったら別にいいやと思って。案外似合ってしまうかもしれない。想像したらまた笑いが込み上げてきた。ほんとにキスしたら嫌だよ、と冗談を言えば彼も笑っていた。わたしの担当は衣装係。せめて赤司くんの衣装を担当して、と押し付けられてしまったので王子様の服を用意しないといけないらしい。服の構造から謎だらけで大変そうだけれど、それでも楽しみだった。




****




準備に追われて、結局王子様だけじゃなくて白雪姫や小人たちの服まで手伝っていればいつの間にか当日を迎えていた。劇は1日に3回、そのおかげでたっぷり休憩時間を取れているからいろいろなクラスを回ることが出来そう。赤司の方は生徒会の活動もあってあまり時間はなさそうだった。


「小春」


今日は衣装の管理のほかに、劇中の裏方の手伝いがあるだけ。次のシーンで使う小道具を並べていたら舞台袖として用意したスペースのカーテンから顔を出した赤司に呼ばれて駆け寄った。舞台の方から見えないようにわたしもこっそりとカーテンの中に隠れた。


「どうしたの?」

「王子は出番が少ないから、最後に練習だよ」


舞台では緑間くん演じる白雪姫が魔女から林檎を受け取るシーンに切り替わっている。反対側の袖には小人役のメンバーが控えていて、話は順調に進んでいるようだ。客席からどっと笑いが溢れて、緑間くんが「美味しそうなリンゴなのだよ」のセリフを言ったことを察した。練習の段階から何度も耳にしてその度に笑ってきたのに、やっぱり面白すぎる姫の口調に声に出さず小さく笑う。


「目を閉じて」

「うん、なに?」


言われた通りに目を閉じて、不自由になった視界で王子様の腕にそっと手を置いた。髪を掬われて耳にかけられた感覚がくすぐったいけれど、赤司の意図がまだわからないのでひとまずじっとしておく。その手を頬に添えられて、ほんの薄く目を開けて見ると目の前まで近づく赤司の顔。


「なんと美しい姫なんだ」

「……っ、」

「……続きはあとで。後夜祭で屋上に来て」


近づいた唇を耳元へ寄せられて、目を開けると笑っている赤司がいる。本当に、キスされてしまうかと思った。

咄嗟に握りしめた衣装のシワを伸ばすこともなく赤司は林檎よりも真っ赤に染まったわたしを置いて舞台へと進んでいく。いつの間にかそこには大きな大きなお姫様が眠っていて、赤司は先ほどと同じセリフを口にした。




****




沈みかけの夕陽が照らす屋上から見下ろす校庭には多くの生徒が楽しそうに談笑している。今年度の帝光祭は幕を下ろし、余韻を感じながら視線を隣の赤司へ向けた。


「あまりゆっくりする時間がなかったから、来てくれてありがとう」

「ううん、わたしも征くんに会いたかったから」


時間とってくれて嬉しい。細められる目ににこりと微笑みもう一度校庭を見下ろす。


「楽しかったなぁ、3年間で一番だったかも」


征くんの王子様姿も見られたしね。文化祭の手作り衣装を纏っていても本物の王子様のような佇まいは彼から滲み出る品性なのか、とにかく群を抜いてキラキラ輝いていた赤司のことをひたすらに目に焼き付けるのに忙しかった。


「真太郎が好評だったみたいだけど」

「それは…、あはは!思い出しただけで笑っちゃう!緑間くん、結局『なのだよ』っていう語尾が直らなかったし……」

「僕だって何度笑いそうになったか」


ずっとポーカーフェイスを保っていた赤司も今では珍しく歯を見せて笑っている。たまに見せる幼い笑顔が可愛くて見惚れているとその目がこちらへ向けられる。胸の奥がきゅっと握られるような気がした。


「ね、去年の今頃だったよね。屋上で話したの」

「そうだったね」

「もうすぐ1年かぁ。征くんとコイビトになってから」


初めの半年ほどは本当のコイビトではなかったけれど、一緒に過ごすようになって1年。当たり前だけどわたしたちは3年生になって、そして今度の春には帝光中を卒業する。


「征くんはさ、進路もう決めた?」

「あぁ。僕は京都の学校に行こうと思ってる」


何度か聞こうと思って躊躇っていた話。わたしは霧崎第一を志望していて、きっと彼とは違うとわかっていたから。


「…そっか、京都かぁ」


思っていたよりも、ずっと遠くに行ってしまう。想像していなかった事実に言葉が出てこなくてグラウンドの遠くに目線を泳がせた。夏の大会が終わった頃からバスケ部のレギュラー陣に多くのスカウトが来ていることは噂になっていた。だから、赤司にだって数えきれないくらいの声が全国から集まったに違いない。目を向けていなかっただけでそんなのは当たり前のことなのに。


「寂しい?」

「ううん、寂しくないよ」

「…本当に?」

「……」


本当は、ちょっと寂しい。俯いて呟いた本音は白のブレザーに吸い込まれた。伸ばした赤司の腕がわたしの肩を抱き寄せる。


「…小春、さっきの続き」

「……あ……」


舞台袖のカーテンに隠れて見上げた王子様を思い出した。顔を上げるとあのときと同じくらい近くに赤司がいて、わたしの顔も熱くなる。


「キスして、僕のものになったら、どこにでも連れて行けるのかな」

「……」


連れて行ってくれたらいいのに。いっそ白雪姫みたいに、王子様だけのものになってしまえばいいのに。御伽話の世界に夢を見たところでわたしたちはどこにでもいるただの中学生。決して同じ道だけを生きていくことなんか出来ない。

頬を撫でる手を握った。指を絡ませて、もうほとんどない距離をさらに縮めて寄り添う。優しい瞳に吸い寄せられるように、あと少しで唇と唇が触れる。せめて今だけは、これからのことなんて考えないで、ただ目の前の赤司のことを感じていたい。

瞳を閉じかけた時に誰か、聞いたことのあるような気がする誰かの声が聞こえてわたしたちは御伽の世界から現実へ引き戻された。


「おいもっと詰めろよ」

「…ちょ、押さないで下さいっス…!」

「黄瀬ちん邪魔〜」

「お、重いっス…」


屋上の入り口付近に間抜けに地面に膝をつくモデルがいる。巨体を隠しきれずにはみ出ている紫原ともはや隠れる気のない青峰も。わたしたちの目線が自分に向けられていることに気がついて、黄瀬はその顔を真っ青に染めた。


「…涼太、お前たちも……何をしてるんだ?」

「ヒッ…いや、こ、これはその…」

「おれは黄瀬ちんに無理やり〜」

「黄瀬がどうしてもって言うから」


オレは止めたんだぜ?と呆れた顔で黄瀬を指差す青峰。我関せずといった態度の紫原。2人もノリノリだったことなんて筒抜けだったのに。


「裏切るんっスか?!」

「涼太、覚えておくよ」


安心しきった顔の青峰と紫原にもピシャリと言葉をかけて、見事に凍りついた3人を尻目に赤司は困ったような笑顔を向けた。前にも似たようなことがあったなぁ、と思ったけれど、それよりも久しぶりに見たバスケ部の何とないやりとりに安堵の気持ちが大きかった。


「邪魔が入ったね」

「ううん。……ねぇ、京都の学校でもバスケやるよね?応援してるね」


そこに行けば、赤司は楽しくバスケが出来るんだろうか。実際のところはわからない、けれど、そうであってほしい。きっとそうだと信じて。

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