紫原と屋上

休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴り、クラスメイトたちが教室へ戻っていくのに逆らって小春は廊下へ出て階段を上った。ぐるぐると人気のない屋上階まで登って鍵が開いている扉に手をかける。


「敦〜、やっぱりココにいた」

「ん〜、小春ちん〜」


フェンスに背を預けて座っていたのは紫原敦。わたしのクラスメイトで恋人。たまにこうやって授業をサボることがある彼を見つけて連れ戻そうとしても、どうせ無駄だとわかっているから最近では一緒にサボってしまうようになっていた。

長い腕を広げて見上げてくる敦に促されるまま彼の脚の間に座れば後ろから包み込まれる。いつもの定位置。人より高い体温に触れて広い胸板に頭を預けて、その大きな右手が握りしめているお菓子に目を見やった。


「それ、初めて見た。新しいの?」

「そ〜だよ、食べる?」

「ん」


開けた口にお菓子をを放られて咀嚼する。敦はわたしに一つ食べさせると続いて自分もバリバリと食べ始めた。


「なんか斬新だね、あまじょっぱい」

「それがいいんじゃん」


ふぅん、と返せば別にわかんないならそれでいいし、と言われた。案外気に入っていたみたいで、言ってるうちに食べきってしまったお菓子のゴミをくしゃりと丸める。傍に置いてぱっぱと手についたお菓子の粉を払う。いつもなら舐めとってしまうところだけど、舐めた手で触らないでと突っぱねてからちゃんと守ってくれているのを見ると少し可愛いと思ってしまう。内緒だけど。


「てゆーか小春ちん、なんでココ来んのにお菓子持ってこないの」

「別に敦にお菓子をあげに来たわけじゃないですぅ」

「え〜〜、もっと持って来ればよかった…」


持参したお菓子が底を尽きたらしい敦は見るからにがっくりと肩を落とす。別に昼休みになればたらふく学食で食べるのだし、その後も暇さえあればお菓子を食べているのだから別にいいじゃん、と思っても彼にとっては深刻な問題なんだろう。


「なら一緒にお昼寝しよーよ。今日あったかいし気持ちいいよ」

「そーだね、じゃあ小春ちんはおれの抱き枕ね」


立てていた膝を放り投げてフェンスに深くもたれ掛かる敦はわたしをぎゅっと抱きしめて肩に顔を埋める。敦の長い髪が首筋に触れてちょっとくすぐったいけれど、甘えてくるようなこの姿勢は嫌いじゃなかった。


「あ、でも次は戻るからね。体育、バスケなんだ〜」

「はぁ?そんなんどうでもいいし」


あからさまに不機嫌な声を出して腕に力を込められる。予想通りの反応をしてくれるからつい笑ってしまってますます機嫌を損ねそうだけど。


「いいじゃん、バスケ楽しいんだから」

「どこがだよ。つーか体育だとバスケ部はまともに出来ないんじゃないの」

「あはは、そうそう!酷いんだよ、片手だけでプレーしろって言われるの」


ちなみにシュートも禁止。笑いながらそう言えば敦はそれでも余裕だし、と至極つまらなそうな声を出した。確かに敦だったら片手だけでゴール下を守り切ってしまうだろう。そもそも相手は素人なわけだし。


「でも敦も、ちゃーんと練習してないとそのうちわたしにも負けちゃうかもよ?」

「は?バカじゃないの?ありえねーし」

「あはは、ムキになった」


うっさい。不機嫌を隠そうともしない声をあげて再び顔を埋めた敦の頭に寄りかかってその髪の感触を楽しむ。手入れされているわけではない多少痛んだその紫色の髪が柔らかく頬に触れた。

でもさ、ちゃんと練習してなくたってわたしはあんたには勝てないよ。敦からの返事はなかった。寝たふりをしたのかもしれない。構わず小春は続ける。


「別に体格とか性別の問題じゃなくて。敦は負けるの嫌いだもんね」

「……小春ちんのそーいうとこ、ほんとうざいよね」


一段と彼氏様のご機嫌を損ねてしまったらしいが、きゃー怖い!と茶化して見せる。彼が本気で怒ってるわけじゃないことも知ってるし、ちょっと怒らせたってその分ちょっと甘やかせば機嫌が直るのだからきっとわたしには優しいのだ。


「おまえほんとに、」


ぐい、と頭の向きを変えられて唇を塞がれる。強引な口付けは噛みつくようにガブガブと唇を貪ってわたしの全てを喰らい尽くしてしまいそう。息をする間も与えてもらえなくて、がっちりと抱き込まれた身体はぴったりとくっついてお互いの鼓動を共有する。苦しい、でも嫌じゃない。そんな思考で頭が埋め尽くされた頃、満足した敦はようやく離れていった。


「いいから早く寝ろし」

「…敦がちゅーするから眠くなくなっちゃった」

「知らねーし」


おれは寝るから、と本格的に眠りの姿勢に入った彼にもっとしたかった、なんてワガママは飲み込んで小春も目を閉じる。

チャイムが鳴ったら敦にキスをして起こそう。それで機嫌を直してもらって次の授業に連れて行こう。背中に感じる大きな温もりに包まれて夢の中へと旅立った。



唇を塞いでほしいからわざと怒らせてるなんて、君は知らないだろうね

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