赤司と生徒会室

うだるような暑さの中、授業を終えたわたしは生徒会室へ足を運んでいた。生徒会、書記。という肩書きはあまり関係なくわたしたち生徒会のメンバーは割と仲良く一緒に仕事をしていた。

広い校舎を歩いてたどり着いた生徒会室の扉を開ける。いくら整理整頓しても書類や小物で溢れるこの部屋はそれでも居心地がいい。いつも冷房が効いて涼しいその部屋は開けると随分と熱気がこもっていた。期待していた冷たい空気と違いぬるい部屋に思わず声を上げてしまった。


「…うわ、あつ…!…あれ、赤司くん。もう来てたの?この部屋暑くない?」


生徒会室にいたのは我らが会長だけだった。今来たばかりなのか、冷房がついていないようだったのでスイッチを押すべくわたしは壁へ手を伸ばした。


「やあ、藤原。実は昨日から故障しているみたいでね、今は使えないんだ」

「え、そうなの」

「昨日は欠席だったよね。今日ももし体調が優れないようなら帰っても大丈夫だよ。この通りここは暑いから」


涼しい顔で言う赤司の言葉に甘えてしまおうかと思ったが、彼の座る席に山積みになっている書類を目にしてそれはやめておいた。そろそろ文化祭関連の締め切りが近い。各クラスや部活動、その他有志の活動に生徒会の出し物もあるためこの時期はどうしても忙しいのだから。


「大丈夫だよ。そっち手伝うね」


鞄を置いて赤司の目の前から書類をいくらか奪ってからいつもの席に腰掛けた。クールに見える赤司だってよくみたら普通に汗をかいてて、当たり前なのに自分だけじゃなくてちょっと安心した。


「これ、いつ直るの?」

「申請はしたんだけどしばらくかかるらしいんだ」

「そっかぁ〜、夏休みまでには欲しいね」


そういえば他のみんなは?と聞けば今日は誰もいないのだと言われた。夏風邪が流行っているのか、わたしも人のことを言えないがダウンした人もいれば部活の大会が近いからと練習を優先した人もいるのだとか。もしかして昨日は一人だったのかもしれない。この仕事量なのに悪いことをしてしまった。


「…なんかさ、せめて窓くらい開ければいいんじゃないかな?」


勢いよくガタリと立ち上がって窓の鍵に手を掛ける。赤司は振り返ってそれはやめたほうがいいと制止したがもう遅かった。窓を開けばビュウ、と勢いよく風が舞い込んで生徒会室の書類たちが飛ばされて宙を舞い、わたしは慌てて窓を閉めた。


「ご、ごめん…!今日風強いんだったね…」

「大した被害にならなくて良かったよ」


席を立って書類を拾おうとする赤司を制してわたしがやるから!と再び椅子に押し戻す。赤司の言う通り幸い飛ばされたのは数枚で済んだのですぐに拾い終わるとパッパッと軽く埃を払ってからわたしも席に着いた。

それから1時間は経っただろうか、時折申請された予算案が許可を出せるか微妙だったり、判断に迷ったら赤司に声をかけていたがそれ以外はお互いに黙々と作業をしていた。初めはじんわり滲む程度だった汗はもう首筋を伝っている感覚がする。ハンカチで拭きながらパタパタと扇いでもその場しのぎにしかならなかった。


(サッカー部からの申請…、たしか去年も同じ内容だったような。これってOKなんだっけ)


去年の申請書類はまとめてファイルに入れてあるはずだ。きちんと整理してくれている歴代の先輩方に感謝しなくてはならない。立ち上がって高い棚に並べられたファイルを見上げるとあろうことかそれは一番上に並んでいた。

なんだってあんなところに、と思っても仕方がない。順番に並べられているのだから。背伸びをして手を伸ばしてみてもあと少しのところで届かない。踏み台を持ってくるか、と手頃なものを探してみれば赤司が立ち上がってこちらへ来た。

わたしのすぐ背後に立って、はい、と目当てのファイルを取ってくれる。


「ありがと」


見上げてそう言ったときに赤司の顔色が優れないことに気がついた。当然だ、昨日も今日も猛暑日だったのにこんなところでずっと閉じこもっているのだから。顔を覗き込んで大丈夫?と声をかけても返答はなかった。

ぐらりと赤司の身体が傾いてわたしを挟んで棚に手をつく。慌てて目の前に迫った肩を支える。


「赤司くん…!大丈夫?」


どこか、わたしの首のあたり、の棚?をじっと見る赤司。

そのままゆっくり近づいてきたと思えば、その唇に突然口を塞がれた。何、なんで、これ、何?すぐに離れて解放されたと思えばもう一度、二度、幾度となく口付けをされる。


「…ん、はぁっ…」

「…藤原、」


ごめん、小さくそう聞こえた気がした。息をする間も与えられず降り注ぐその口づけに思考が鈍ってくる。肩を押されて背中を棚に押し付けられて、それでもまだキスの雨は止まなかった。


「…あ、あかしく…」


バサッと手に持っていたファイルが床に落ちる。空いた両手で彼のワイシャツを握り締めてそっとその体を押せばようやく赤司は口づけをやめた。至近距離で見つめる赤司から目を逸らせない。首を伝う汗は見てはいけないような艶かしさを感じる。


「…ごめん、藤原…こんな風に伝える気はなかったんだけど…」

「…な、にを?」


好きだ。耳元で囁かれたその言葉は、暑さでどうにかしてしまったわたしの幻聴だろうか。酸素が足りない、頭が回らない。背中を預けていても立っていられなくてズルズルと座り込んだわたしは赤司の腕を引っ張った。覆いかぶさるようにしゃがみこんだ赤司を見上げてその少し色の違う両の目を見つめて、こんなこと、ダメだってわかってるのにわずかな理性は働くこともなく崩れ去った。


「キス、して」


返事の代わりに塞がれた唇に触れるそれはひどく熱かった。


何もかも暑さのせいだ

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