Side A - 13.5

大晦日から元旦に日付が回ってから数十分後、就寝の準備を済ませた頃に届いた小春からのメッセージは何の変哲も無い新年の挨拶と可愛らしい干支のスタンプだった。赤司は短く返信の文章を打って送信する。ベッドに入ってからふと思い立って電気をつけて机の引き出しを開ける。

誕生日に貰ったクラゲのストラップを携帯につけてみた。触手がハートの片割れのようになっているそれはまるでオモチャのようで、まさか自分がこのような物をつける日が来るとは思ってもいなくて部屋で一人笑ってしまった。

冬休みは部活と父に連れられて行く新年の挨拶でほとんどの時間を使った。それ以外の予定といえば唯一部活のメンバーと初詣に行ったくらいだ。多忙ながらも時折つけたストラップを眺めて誕生日を思い出せば癒されるような気がした。



****




「赤ちんさぁ」


練習が終わった後、すっかり暗くなった夜道をチームメイトと歩く。前を歩く黄瀬はひたすら緑間に話しかけているようだが、後ろから見ても会話は一方的にしかみえなかった。隣の紫原は寒いのが苦手らしく、大きな体を縮こませマフラーに鼻まで埋めて篭った声で話しかけてきた。


「誕生日なんかもらったの?」

「あぁ、小春からかい?ちゃんと貰ったよ。敦のお陰でね」

「おれから聞いたって言ってた?」

「言っていたよ。お菓子の約束もね」


そーそー、思ったよりいっぱいくれたんだよねぇ。と言う彼が本当に親切心で教えたのか恩を売るためだったのかはわからない。それでも確かに紫原のお陰で誕生日の思い出が出来たのだから赤司自身も感謝するべきかもしれないと思った。


「で、何もらったの〜」

「この手袋だよ」

「へぇ。で、早速つけてんだ〜。じゃあそっちは?」


そっち、と目線を辿ればコートのポケットに行き着く。もしかして、と思い当たってそこから携帯を取り出せばそれそれ〜と言っていた。練習もあるのであまり携帯を使う場面はなかったのに気がつくとは案外目敏いのかもしれない。


「これはこの前出掛けたときに買ったんだよ」


口裏を合わせていた通りデートで買ったのだと伝えればさして興味はなかったのかへぇ、と言われて終わった。こうやってコイビトとの出来事を聞かれるのはなんだかくすぐったいものなのだと初めて実感する。紫原が深く踏み込んでこないのもあるが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


「じゃあオレらこっちなんで!」


分かれ道に差し掛かり、チームメイトと別れる。明日は始業式だから朝練がないことを念のため伝えればわかっているのだよ、と真面目な彼に返された。

帰宅後、風呂と夕食を済ませた赤司は読みかけだった小説を手に取り傍に携帯を置いた。小説よりも先に携帯を開いて小春とのメッセージ画面を開く。そこには数日前に送られてきた干支のスタンプがまだ表示されていて、あれから連絡を取っていなかったのだと気付いた。


(明日の朝練がないことを伝えようか)


少し考えてメッセージを入力する。その後すぐに赤司は入力した文章を全て削除した。

急に迎えに行ったら驚くだろうか。登校時ならどのみち学校へ向かうのだから行っても迷惑にはならないだろう。驚いた顔を見てみたい、と少しの好奇心に負けてそのまま携帯を閉じた。




****




始業式の朝、小春の家の前まで来て時間を確認すれば十分登校に間に合う時間だ。 少し待てば玄関の扉がガチャリと開く。音につられて赤司が顔を上げると小春の姿があった。


「え、征くん?!」

「おはよう、小春」


予想していた通りびっくりした表情の小春は慌てて鍵を掛けると赤司の元まで走ってきた。その様子に思わず笑いがこみ上げてしまうが、ひとまずは来た理由を告げた。


「今日は始業式の準備で体育館が使えないんだ。昨日のうちに伝えようかと思ったんだけど、驚かせるのも悪くないと思ってね」

「そうだったんだ、びっくりしたぁ」


いつものように手を差し出せば小春の手が重ねられる。誕生日プレゼントの手袋だと気付いた小春は嬉しそうに笑っていた。続いてみてみて、と携帯に付けられた揃いのストラップを見せてくれる。自分も同じように取り出して小春のそれの隣に掲げれば2匹のクラゲの触手はハート形を描いた。

厚手の手袋越しの感覚も、揃いのストラップも、隣で笑う彼女も、こんなにも寒い空気を感じさせないくらいに心を温めてくれる。

もう気付いて、認めてしまった方がいいだろう。彼女との時間が幸せで、たとえそれが偽りだとしても今はまだ失いたくないのだと。

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