Side A - 17.5

その日昼から降り始めた雨は部活が終わる時間になっても止む気配はなかった。どんよりと暗い空から降る雨のせいで肌寒い。赤司はいつものように部室の戸締りをしてからチームメイトと肩を並べて帰路につこうとしていた。

昇降口に人影が見えた。なんとなくその人影が最近無意識に探してしまう恋人に見えてじっと目を凝らせば、やはりそれは小春だった。こんな時間まで何を?と疑問に思うより前に隣の緑間に用があることを伝えて赤司は小春の元へ足を向けた。

彼女に近づくと一人ではなかったのか、話声が聞こえてくる。


「ちょっとくらい意識してほしいな。卒業祝いと思って今日だけは寄り道付き合ってよ」


男子生徒の声。ね?と少々強引に彼女が詰め寄られていて正直面白くはない。戸惑ったような声をあげる彼女は少し悩むような素振りを見せていた。


「あの、わたし…」

「ここにいたんだね」


何を迷う必要があるというんだ、見ていられず声をかけて振り返り驚く小春の手を取って強引に歩き出す。あたかも約束をしていたかのように言えば小春は慌てて僕についてきながら、彼に振り返った。


「え、あ、あのっ」

「…仕方ないか。赤司くん、だっけ?小春ちゃんのこと幸せにしてあげてくれよな!」

「はい」


先輩、と彼女に呼ばれた彼は去っていった。傘を忘れてしまったらしい小春を自分の傘に入れて歩き出す。


「僕が来なかったら彼と帰っていたのかい?」

「うん、傘ないって言ったから多分送ってくれたと思うけど…」


勢いに任せて強引に連れ出してしまったが、余計なお世話だっただろうか。彼女が絡むと冷静さを欠いていけない。彼女がそれを選ぶのなら彼と共にいたって僕には止める権利なんかないのに。


「…もしかして邪魔しちゃったかな」

「ううん、征くんが来てくれてよかった」


深い意味などないとわかっていてもその言葉は嬉しかった。たとえそれが、言い寄ってくる先輩を追い払うために利用しただけだったとしてもこうして彼女の隣を歩くのは僕なのだ。こうやって笑顔で見上げてくれる彼女を独り占めしたい、誰にも見せたくない。そう思ってしまう自分は酷く欲深いのだと実感する。

パシャパシャと雨の降る夜道を歩く。小さな折りたたみ傘の中で二人、肩が触れそうな距離はあまりにも近く感じた。


「そういえば、ホワイトデーのお返しは何がいい?」

「え?もしかしてみんなに返すの?」


目を丸くして見上げてくる小春にくすりと笑ってしまった。僕が貰ったのは君からだけだよ。そう伝えれば彼女はそっか、と言って視線を下に向けた。


「征くんからならなんでも嬉しいよ」


言葉の意図に気付いたのかどうかはわからないけれど、本当に嬉しそうに笑う彼女にドキリと胸が鳴った。以前他の男子からの贈り物は迷惑そうにしていたのに。僕がコイビトに特別にしているように彼女も同じなのだと少しばかり自惚れたっていいのだろうか。

傘を持つ手にそっと手が重ねられて優しく押される。彼女が濡れないようにと傾けられていた傘は押し戻されてその肩に少し雨がかかった。自分の肩が濡れているのは分かっていても僕は再び傘を小春の方に傾けた。


「征くんって優しいよね」

「そうかな」

「うん、優しいよ」

「コイビトに優しくするのは当然だろう?」


君が気にすることじゃないんだ。遠回りをして家まで送るのだって、彼女が濡れないように傘を傾けるのだって、全部コイビトということを言い訳に自分のしたいようにしているだけなのだから。


「風邪引かないでね」


そう言われてもちろんと返したけれど、もしも僕が風邪を引いたなら君は心配してくれるのかな、なんて思考が過って自分らしくないなと嘲笑してしまった。




****




3年の卒業式が終わりいよいよ春休みが間近に迫った。生徒会としてやるべきことも落ち着いて少し時間ができてきた頃、赤司はホワイトデーのお返しをまだ決めかねていた。とっくにその日は過ぎてしまったが仕方がない。もう約束だって忘れているかもしれないけど、初めてちゃんと受け取りたいと思ったバレンタインデーの贈り物なのだからきちんと返さないといけない気がしていた。

とはいえ今日も今日とて部活である。3年に上がればまた少し忙しい日が続くだろうから春休みのうちに用意しないといけないなと思えど、何を贈れば小春が喜ぶのか全く見当もつかなかった。


「ねー赤ちん聞いてよー、昨日姉ちゃんがさぁ、」


いつにも増して不機嫌そうな紫原はタオルを頭にかけてその長い手足を放り出して座り込んだ。兄弟がいない自分に言ったって理解できることは少ないけれどたまにこうして兄や姉の愚痴を言う彼はきっと吐き出せれば誰でもいいのだろうから話を聞いてやる。


「まじさぁ、そんなん知らねーよって感じじゃん」

「あぁ、そうかもしれないな」

「言ってくんなきゃわかんないのに察しろとか理不尽っしょ」

「…言ってくれないとわからない、か」


それは尤もだ。相手が何を考えているかなんてたとえ僕でも全て正確に推し量ることは難しい。だからこそ人間は言語を使うのだから。


「そうだな、言葉にしないと伝わらないな」


想っているだけでは伝わらない。想いがあるなら伝えればいい。そんな簡単なことにも気付かずに現状に満足していたなんて。


「ありがとう、敦」

「は?なにが?」

「いや、こっちの話さ」


このまま偽りの関係を続けていくことは簡単だ。だけどその間に小春に好きな相手が出来てしまったら?僕にはそれを止める権利なんてない。それどころか今は会うことだって理由がないと出来ないんだ。思い返せば試合に勉強会、いつだって一緒にいられる理由を探していたのかもしれない。

マネージャーに春休みの部活の予定を確認すれば1日だけ午前で練習が終わる日があった。誘えば来てくれるだろうか。幸いなことに口実はすぐに見つかった。会うための口実を探すのはこれが最後にしよう。これからは理由なんかなくたって、会いたいだけで会えるように。

僕は、オレは君の本当の恋人になりたいんだ。


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