05

8時15分、昇降口で会った友人と一緒に階段を登って扉の開け放たれた教室に入る。決して早い時間ではないけれどクラスの中では割と早い登校時間だ。これから10分の間にぞろぞろと集まってくるのがいつもの光景だから。

いつも通りのはずの教室でいつもと違うのは、わたしの隣の席に波羅夷くんがいること。本当に稀にこんなことはあるけれど、毎度びっくりしてしまうくらいにはイレギュラーなことだ。


「おはよ、早いね」

「…おう」


むくりと顔を上げた波羅夷くんは少し不機嫌そうな顔つきをしている。一瞬睨むような鋭い眼光にわたしを写すと表情は少しばかり和らいだ。珍しいねとか他にも茶化す言葉は浮かんだけれど、その様子にそんなことを言うのはやめておいた。きっと眠いのだろう、眠くても朝から教室にいるのだからすごいことだ。

必要なものを取り出した鞄を机の横にかけて、ちらりと波羅夷くんを見た。再び寝てしまっているなんてことはなく、むしろこっちを見ていたので目が合ってしまった。


「……お前、いつもこの時間?」

「うん、そうだけど」

「ふーん」


この時間、教室が空いてて好きなんだ。そう言えば波羅夷くんも辺りを見渡して確かに、と呟く。もうじき賑わってくるから本当に束の間だけど、それでもずっと前から決まってこの時間。大したことではないけど同意を貰えたのが嬉しくて波羅夷くんの方を見て、わたしは驚きの声をあげてしまった。


「えっ、何その手…やだ、どうしたの?!」

「あ?……何でもねぇ」

「何でもないわけ……あぁ、喧嘩したの?」


右手の甲、骨が出っぱっているところ。擦り剥けた傷やぶつけた痕が痛々しく波羅夷くんの白い手に浮かんでいる。それは紛れもなく殴った跡で、朝から喧嘩して機嫌を損ね、そのままここに来て寝ていたのだと察した。拳以外には傷ひとつ見当たらないあたり、波羅夷くんは圧勝してきたのだろうか。


「ちゃんと手当しないと、保健室もう開いてると思うよ」

「これくらいで大袈裟だな」

「いやでもさ……」


保健室に行かせたいわたしと行きたくない波羅夷くんの攻防は平行線のまま。梃でも動かないと机に張り付いた波羅夷くんに大きなため息をこぼしてしまいそうになる。こんなの病院に行きたくない子供と同じだ。


「…わかった、保健室はいいよ。その代わりこれあげるから」


鞄のポーチの中から絆創膏を数枚取り出して波羅夷くんに差し出した。波羅夷くんもため息を零しながらそれに手を伸ばしかけたけれど、その動きはぴたりと止まった。


「いらん」


予想通りの反応を見せてくれて笑いそうになった。だってわたしが差し出したのはピンク色の絆創膏だから。キャラクターが印刷されたこれは、いつか使うかもしれないとおまけでもらったのを忍ばせていたもので。生憎普通の絆創膏は昨日自分で使ってしまって切らしている。決してわざとではない。


「大体お前に関係ないだろ」

「見てるこっちが痛々しいの。うぅ、痛い、痛そう、痛々しい」

「だからってこれでかよ」

「これしかないの、ね?」


保健室かピンク色の絆創膏の2択を迫って、もうこれ以上の譲歩はないのだと伝えればもう一度大きくため息をこぼした。いつの間にか教室にはほとんどの生徒が集まっていてガヤガヤと賑わっている。朝の喧騒のおかげでわたしたちの言い合いは特に誰も気に留めていないようだった。そしてわたしの目の前まで傷だらけの拳が差し出される。


「……ん」

「…………ん?」

「早くしろよ」


利き手だから自分じゃ貼りにくい。波羅夷くんの顔はものすごく不本意そうだったけど傷をどうにかしないとわたしが引かないことを察したらしい。ゴツい指輪のはめられた手に似つかわしくない絆創膏を出来るだけ優しく貼ってひとまずの手当てを施した。


「はい、できたよ。……あは、かわいいじゃん!」

「お前な…」

「今日一郎いるかな?ちょっと会ってきなよ」


面白くてにやけてしまうのを隠さず言えば、ぜってぇ嫌だと今度こそ机に突っ伏して再び寝に入ってしまった。

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