04

授業の合間の休み時間、教室の自分の机で最後の悪あがきのように教科書と睨めっこをしながら唸り声をあげたくなった。並ぶ漢字の羅列、意味のわからないカタカナ。こんなの頭がパンクしてしまいそう。わたしは今、古典のテスト対策真っ只中である。


「…っはぁ〜、本当に意味がわからない…」


今すぐにでも教科書を閉じて投げ出してやりたい。現代を生きているわたしたちにこの文章の読解は本当に必要なのか?現実逃避が投げやりな方向に飛び火していって集中出来なくなったわたしは小さなため息と共に目線を上げて教室に掛けられた時計を眺めた。

あとたったの5分、もうここまできたら何をしても手遅れのような気がする。諦めようと決心したところに隣の席に座る波羅夷くんから名前を呼ばれた。


「あれ、いつの間に来てたの?おはよ」

「おー。お前、何やってんだ?」


なんか1人で百面相してっから見てて飽きないけど。真顔で告げられる言葉にぎょっと驚いて思わず声が裏返った。そんなに顔に出していた自覚はないのに、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをして、で?という彼の問いに答える。


「次の古典、テストがあるの。苦手なんだよね…」

「ふーん」

「ふーんって。波羅夷くんも受けるんだよ?」


こればっかりは見せてあげられないからね。赤点なら追加で課題が出るからね。脅しのように並べても波羅夷くんは動じるどころかへぇ、なんて生返事を返すだけで一見余裕そうにも見える。なんだか悔しい。


「余裕なんだったら教えて欲しいよ…。なーんて、勉強してない波羅夷くんに言っても無理だよねごめんね」

「嫌味か」


むすっとした顔に吹き出すように笑うと軽く睨まれる。苦手な教科のテストに身構えて緊張していたのに肩の力が抜けて随分楽になったような気がした。課題を出されてもきっとわたし1人じゃない、どうせ波羅夷くんだって一緒だ。結局やるのはわたしなのかもしれないけど。


「いいぜ、見せてみろよ」

「え?」

「教えて欲しいんだろ」

「え…えっ?」


思ってもいなかった申し出に咄嗟に教科書を差し出してテストの範囲を指差す。立ち上がってわたしの机を覗き込み、転がったシャーペンを手にして文章の初めから順に指していく。


「これはこう読むんだよ。この記号で上に戻る、指示の通りに読めばいいだけだ」

「あっ…じゃあこの問題だと…、こういうこと?」

「そうだ。やればできんじゃねぇか」


まるで難読な数式かのようにその意味を理解しようとしていなかっただけで、一つ一つ噛み砕いて読んでしまえばなんとかなりそうな気がしてくる。希望が見えてきたことが嬉しくて、見上げると存外近くに波羅夷くんの顔があって思わず息を呑んだ。そりゃあそうだ、一冊の教科書を2人で覗き込んでいたのだから、こうなるに決まってる。

慣れない距離感に男の子がいることにドキリと心臓が跳ねたのを誤魔化してぎこちなくお礼を言ったところでちょうどチャイムが鳴った。自分の席に戻る波羅夷くんを横目に、あんなにも来てほしくなかった古典の時間がまるで救世主のように思えた。




****




これは勝ったのでは。珍しく手応えのあったテストは授業の中で採点され、結果は自分としてはかなりいい方。当然追加の課題も逃れることが出来たのである。波羅夷くんも自力で当然のようにクリアしていて、古典の先生が前から波羅夷くんに何も厳しく言わないのは普通に出来ているからなんだろうと初めて気がついた。


「ねぇ、さっきはありがとう。おかげで課題避けられたよ」

「別にあれくらい」

「波羅夷くんに助けられちゃったなぁ」


なんだかいつもよりかっこよく見えたのは、多分ギャップがすごかったから。案外やればできるタイプで、普段はやらないだけなのかも。そしていつもだったらこれでもかと言うくらいドヤってくるくせに、こういうときだけはクールに外方を向いていた。素直に褒めている時に限って。


「じゃああれだわ、お礼に次の授業は課題よろしくな」

「うん!……あれ、結局いつも通りじゃ…?」


お礼になっているようで(本来なっているはずだけど)なっていないような気がして微妙な気持ちを抱いたまま、教室を後にする波羅夷くんを見送った。もちろん、次の授業の課題は代わりに提出しておいてあげた。

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