06

机に突っ伏して眠る波羅夷くんが気付かないようにこっそり覗き込んで左耳をじっと見た。これ以上あけられないのではないかというほどのピアスの数、さらに拡張された耳たぶの穴につい興味が湧いてまじまじと見つめる。


「…すっご……」


呟きに気が付いたのか首だけを動かしてギロリと鋭い目で見られたので、ひとまず笑って誤魔化す。害のない視線だとわかったからか幾分柔らかくなった表情のまま波羅夷くんはむくりと身体を起こした。


「何やってんだ?」

「ごめん、ちょっとピアス数えてた」


何だそりゃ。って言われても別に特に深い意味なんてない。わたしだって暇だっただけだ。正面から見た波羅夷くんの右耳にも当然ピアスの穴はあって、両耳見事に穴だらけだ。なんてしょうもないことを考えてしまうくらい暇だったのだ。


「何個あけてるの?」

「さぁ、数えたことねぇ」


波羅夷くん曰く気がついたらこうなっていたらしい耳。いったいいつからどんなペースであけ始めたらそうなるのだろう。対してわたしのたった一つすら穴の開いてない耳。たかがピアス、けれど何だか波羅夷くんがすごく遠い存在な気がした。


「お前はあけねーの?」

「考えたことなかったんだけど、見てたらいいなぁって思ったよ」


仲のいい友人であけている子も当然いる。憧れのような気持ちがないわけではないのに、その子たちのピアスを見ても自分も、と思うことなんてなかった。波羅夷くんがたくさんつけているからだろうか。


「拙僧がやってやろーか」

「………それはなんか痛そうだから嫌だな」

「誰がやっても変わんねーだろ」


案外痛くないものだと経験者は語るものだけど、波羅夷くんのイメージではどうしても怖いものに思えてしまう。頭の中に高笑いしながら画鋲か安全ピンを持って迫ってくる凶悪な波羅夷くんの顔が浮かんできて肌が粟立った。実際ピアッサーだろうがニードルだろうが耳たぶに針を通すことに変わりはないのだけど、こればかりは気持ちの問題だ。


「い、いいよ。自分でやるよ、波羅夷くん適当そうだし…」

「…まぁ拙僧は針ぶっ刺したけど女ならちゃんとしたやつでやれよ」

「やっぱり適当だったんじゃん!怖い!」

「あぁ?オメーにやるならちゃんとやってやろうと思ってたわ!!」

「嘘だよ、どうせ画鋲とかでブスってやる気だったんでしょ!」


うるせえ、うるさくないバカ、バカって言う方がバカ、じゃあ波羅夷くんもバカ。だんだん子供みたいな言い合いに発展して揃って我に返る。近くにいた男子が何事かと視線を向けてきて、馬鹿馬鹿しさに耐えきれず吹き出した波羅夷くんにわたしもつい釣られてしまった。


「でもピアスかぁ。いざあけるって思うとワクワクしてくるね」

「そんなもんか?」

「穴だらけの波羅夷くんにもうこの気持ちはわからないのね」


謎マウントでドヤ顔をしてみればあぁ?とガンを飛ばされて、それが全然怖くないものだからクスリと笑いがこぼれた。最近、波羅夷くんの扱いがわかってきたような気がする。ただ隣の席でたまに学校に来た時に話すだけの仲だけれど、初めに比べたらきっと少しは仲良くなれてる。

自分の耳にピアスをつける、それを想像して初めての経験に胸が躍った。頬杖をついて細めた目で見てくる波羅夷くんのようにたくさんあけるつもりはない。両耳にひとつずつだけ。それでも、ほんの少しだけ波羅夷くんに近付けるような気がした。




****




数日後、友人に付き合ってもらってあけた初めてのピアスが輝く耳元。まだ触ったりいじったりするのは良くないけれど鏡を見るたびに嬉しくなる。このきっかけをくれた波羅夷くんが学校に来るのを待ち遠しく思ってる自分がいて、毎日学校でそわそわと隣の席を気にしてしまっていた。


「あ!波羅夷くん、おはよう!」


いつものごとく気だるそうに教室へ入ってきた波羅夷くんに声を掛けると眠そうだった目がパチリと開いた。どうせ隣の席なのだからこっちに来るのはわかっていても手招きで急かしてしまう。首を傾げて疑問符を浮かべながら目の前まで来た波羅夷くんに髪を掛けて耳を露わにする。


「みてみて、一個ずつにしようと思ってたんだけど、波羅夷くん見てたら軟骨もあけたくなっちゃって!」

「お」


ニカリと歯を見せていいじゃねぇかと言ってもらってさらに上機嫌になる。友人たちにもう散々言ってもらったことなのに波羅夷くんから言われるとどうしてだかすごくくすぐったい。


「今日なかったら拙僧がやってやろうとしてたとこだ」


そう言いながら掲示板に打ち付けられた画鋲に目をやる波羅夷くんにヒヤリと背筋が凍る。嬉しくて自然と緩んでいた頬がそのまま固まって引き攣ってしまった。友人に頼んだときだって何度も待ってと泣きついてずいぶん時間をかけたのに悪魔のような波羅夷くんに突き刺されたらと想像するだけで痛い。


「嘘でしょ…?」

「痛くねーって」


ゲラゲラと笑う姿に友人に頼んで良かったと胸を撫で下ろす。こっちは真面目に怖がってるのに、完全に面白がられている。


「ほら、これやる」

「えっ?」


差し出された手の中には小さなビニールに入ったピアス。華奢なデザインで黒いストーンが埋め込まれたシンプルなそれは、見るからに女物で新品。なんで、という疑問に答えることなく波羅夷くんは自分の軟骨から1つピアスを外してそれもこちらへと渡してきた。


「コッチもな、ちゃんと消毒してからにしろよ」

「…いいの?」

「気にすんなって」


ただの気まぐれで自分のを買うついでだったから、と説明されて呆気にとられながらも頷く。まだ教室に来たばかりだというのにそれだけ言うと席を立って教室を出ようとする波羅夷くんの背中に今度何かお礼をしなければと心に決めてから呼び止めた。ぴたりと足を止め、首だけ振り返った波羅夷くんの顔はなぜだか眉間に皺が寄って難しい表情だった。


「ありがとう」

「…おう」


それだけで今度こそ早足に行ってしまった。程なくしてチャイムが鳴り響き、この前に逃げたかったのかもしれない。手元に残されたピアス。何気なくした会話で、もう何日も経ってしまったというのに覚えていてくれたとは。早く着けられるようになれたらいいな。いずれ買おうと考えていたキラキラの女の子らしいピアスより、こっちの方がずっと輝いて見えた。

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