03
特別教室での授業が終わり友人と肩を並べて教室へ戻るとさっきまでいなかった人物がわたしの隣の席に座っていた。次はもう4限目であるが今登校してきたのだろうか、ぼんやりと頬杖をつく波羅夷くんはわたしの椅子を引く音に気が付いてぱちりと目を瞬かせてこちらを向いた。
「おはよう、波羅夷くん」
「おー」
「て言ってももう4限だけど」
呆れたわたしの言葉に朝から学校には居たのだと言い返して来たけれど、授業を受けていないのなら意味がないと思う。屋上で寝ていたらしい波羅夷くんにうちの学校の屋上は入れるのだということをわたしは2年生になって初めて知った。
「屋上ってまさに不良がいそうなところに出没するんだね」
「まぁな。静かでいいぜー」
「普通に入れるの?」
「鍵壊れてっからな」
それは誰かが壊したということなのでは?屋上という響きに憧れがないわけではないけれど、ひょっとすると不良の巣窟になっているのなら遠慮したい。実際のところはわからないけれど今の話を聞いて卒業まで近付くことはないだろうなと思った。
「お前も今度来てみれば?」
「わたしは真面目な一般生徒だから」
机から次の授業である数学の教科書とノートを取り出し、さらに提出するべき課題がなかったか思い返す。波羅夷くんのお陰で今年のわたしはかなり好成績を収めているのではないだろうか。まだ今年度が始まって間もないけれど。
「あー腹減った…」
だらんと身体を机に預けてぼやくと彼はそのまま顔だけをこちらへ向ける。くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ姿に思わず笑いが溢れてしまった。
「なんかお前いい匂いしねぇ?」
「あはは、わかった?さっき調理実習だったんだよ」
波羅夷くんはサボったけどね、そう付け加えれば彼は悔しそうに口を歪めた。どれだけお腹が空いてるんだ。
「ずりぃ。何作ったんだよ」
「わたしの班はマドレーヌ」
調理実習は食べるだけではないし、彼がエプロンを着けて真面目に生地を混ぜている姿はなかなか想像がつかない。実際教室に居たってめんどくせぇ、なんて言って座っているだけなのだろうなと思う。
「余ってるけど食べる?」
「いいのか?」
思った以上に目をキラキラとさせてガバリと身体を起こした波羅夷くんにさっき作った焼き立てのマドレーヌを渡す。班ごとに作るものを決めてよかったのだが女子の強い押しでお菓子になった班は多い。わたしのところもそのパターンである。
「いいよ、それ波羅夷くんの分だし」
「拙僧の?」
「同じ班なんだよ。波羅夷くんの分の材料も使ったからわたしたちはちょっと多めだったの」
いつもサボってるから知らないだろうけど、そんな言葉は彼の耳には入っていないようだった。受け取るなりすぐに包みを開けていただきまーすと言い終わらないくらいにかぶりついた。
「………」
もぐもぐと咀嚼して飲み込む。大きなものではないので3口程度で食べ切るまで彼は何も言わなかった。
「せめて何か言ってよ…」
「…からかってやろうかと思ったんだけどよ、普通に美味くて何も言えなかったわ」
「はぁびっくりした…不味かったらどうしようかと思っちゃった」
「これ本当に小春が作ったのか?」
なんて失礼な言い方。1人で全部やったとは言わないけれどそれなりに役に立った方だと思う。波羅夷くんの中で出来上がっていた謎の不器用設定は早々に消してもらうとして、たかが調理実習のマドレーヌだけれど美味しいと言ってもらえたのが素直に嬉しくて頬が緩むのを感じた。
「ふふ、料理は割と好きなんだよ。次の実習のときは出席すればいいのに」
「んーまぁ考えとく」
食べ終わったグラシンカップをくしゃりと握りつぶして波羅夷くんは席を立った。せっかく教室まで来たくせに4限目も受けないでどこかに行ってしまうようだ。そんなことを今更咎めたりはしないし彼の自由だから好きにすればいいと思うけれど。
「今度は」
「うん?」
「唐揚げな」
それだけ言い残して、ゴミを見事にゴミ箱に投げ入れると教室から出て行った。なんでわたしに言うの、そもそも実習には出る気なさそうだな、と思うと同時に唐揚げのレシピを思い浮かべてしまうのはちょっと褒められて気が良くなっているから、それだけ。
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