02

「あ、一郎じゃん」

「小春か」


廊下で顔を合わせた中学時代のクラスメイト、山田一郎は相変わらず人のいい笑顔でニカッと笑った。中学時代の3年間、偶然にもずっと同じクラスだった一郎は昔から学校を休みがちだった。休んでいると言っても体が弱いというわけではないのだけれど。高校に入ってからもそれは変わらず、今はクラスも離れているから顔をあわせる機会はあまりなかった。


「今日は来てたんだ、久しぶりだね」

「程々に出席しないと卒業できないからな」

「そうだね。バイト忙しいの?」

「まぁ、それなりに」


中学時代から隠れてバイトをしていた彼は頑張り屋さん、という言葉では収まらないくらいに働き詰めになっていた。何のバイトをしているのかは教えてくれないけれど、先生には黙っといてくれ、なんてお願いされたのはもう3年くらい前のことだったかな。今では禁句になっている弟くんたちのために頑張るお兄ちゃん。ずいぶん昔に弟のことを自慢げに語っていた一郎の笑顔はずっと印象に残っている。


「疲れた顔してる。無理しないでね」

「ああ、サンキュ」


こんな労りの言葉をかけたって彼がそれをやめるとは思えないのだけれど、せめてまた弟くんたちと仲直り出来ればいいなぁと密かに応援していた。隣を歩く一郎を見上げる。中学時代から変わらず学ランに赤いパーカー。変わったのは見上げる距離くらい。


「ところで一郎の教室こっちじゃないよね?こっちに何か用事?」

「そうなんだよ。そういやお前って何組だったっけ?」

「わたしはね、「お、一郎」


すぐ目の前に迫った自分の教室を指差して口を開きかけたところでこちらへかけられた声にわたしと一郎は顔を向けた。教室から顔を出した波羅夷くんは一郎の顔を見るなりペタペタとかかとを潰した上履きを引き摺ってこちらへ歩いてくる。空却、呆れ返った顔で彼の名前を呼んだ一郎と波羅夷くんの顔を見比べてわたしは首を傾げた。


「あれ、知り合い?」

「あぁ、言ってなかったか。今コイツとチーム組んでんだ」

「え、そうだったんだ。知らなかった」


チームを組むとかラップバトルだとか領土がどうとか、そんな世界は今となってはとても身近なものだけれど全然興味がなくて知らなかった。つまり一郎はチームメイトの波羅夷くんに会うためにこっちまで来たのかと納得した。


「お前らこそ知り合いか?」

「うん、同中だったんだよね」


ふーん、と手を頭の後ろで組んで波羅夷くんは風船ガムを大きく膨らませた。一郎が女子と喋ってるから珍しかったんだろうか。確かにあまり見かける光景ではないけれど、それは彼が学校に来ないからであって別に女子が苦手なわけではない。特に好きというわけでもなさそうだと思うけれど。一郎のそっちは?という言葉に波羅夷くんとは隣の席の仲です、と言っておいた。


「課題写させてくれる奴」

「それはいい加減自分でやって」

「拙僧はやれば出来るからいいんだよ」

「ほぉ…。じゃあ次からはいらないよね?」

「いや、マジ頼むわ」


初めて教科書を見せてからというものの、毎度課題やら何やらを見せるように言われてもう何度目になることか。この前なんて課題のプリントを集める学級委員に波羅夷くんの分は?と聞かれたくらいだ。知らないよそんなの、なんでわたしが管理しないといけないの。そう言いたいのにわたしは次に顔を合わせた時に課題のことを伝えて見せてあげるのだった。


「はっはっは、お前ら仲いいんだなぁ」

「そうでもないでしょ」

「俺も中学ん頃は小春によく世話になったよな」

「そうだったねぇ」


懐かしい中学時代、別にあの頃は義務教育なのだから自動的に卒業できるけれどなんとなく放って置けなくてたまに一郎の課題提出を手伝っていた。それでも波羅夷くんほど頼られることはなかったのだけれど。


「つーか小春ってお前?」

「うん」


そりゃまたずいぶん仲良しなこって。一郎に変な誤解が生まれてしまったら悪いので、お互い中学時代に同じ苗字の子がいたからほとんど名前で呼ばれていたのだと説明すれば波羅夷くんは、あーと声をあげて納得したようだった。山田だもんな、なんてゲラゲラ笑っていたけれどそれは別に笑うところじゃない。一郎は慣れっこなのか一つため息をこぼしただけだった。


「まぁ波羅夷くんには縁のない話かもしれないね」

「そーだな。そんじゃあ小春、次の授業も課題見せてくれよな」

「…え、」

「一郎早く行こうぜー」


波羅夷くんは自分より幾分か高い位置にある肩へ腕を回し、強引に一郎を引っ張るように歩き出した。一郎はバランスを崩しかけたが持ち直し、首だけをこちらに回して短くわたしへ一言声をかけると波羅夷くんに連れられていく。


「そもそもお前が遅いから迎えに来たんだぞ」

「細けぇことはいいじゃねぇか」


1人取り残されたわたしはぽかんと口をあけたまま背中を見送った。ワイワイと楽しそうに歩く2人の腕にお揃いのバンダナを見つけたとか、あまり学校に来ない一郎が楽しそうにしているのが何故だか嬉しいな、とかそんなことも頭をよぎったけれど、


「…名前で呼ばれた…?」


別に、それ自体は珍しいことでも何でもないし、彼に限ってそれに意味があるとも思えない。きっと高校生になって男子から名前で呼ばれることなんかほとんどなくなっていたから、変な気がしただけだろう。妙なくすぐったさから逃げるように2人から目を逸らしてわたしは教室へ入った。

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