初恋十題04

視線が交わらないことなんかわかってる


窓の外の空はどんよりと曇ってまだ日中だというのに随分と暗かった。小さくため息を溢して手に持った羽ペンをくるくる回し目を伏せる。いつもは捗る仕事だってこんな気分ではやる気になれない。長々と綴られた書類に並ぶ文字に目を滑らせるのすら面倒でどこかに晴れ間はないかと空の隅々まで探してみる。当然そんなものは見当たらなくてどこまでも灰色が続くだけだった。


「…はぁ、退屈」


つい口を出たのはそんな言葉。アイリスの執務室はしんと静まりかえり鳥のさえずりひとつ聞こえない。そんなに静かだから誰もいないと思っていたが次の瞬間アイリスは背筋が凍るような声にびくりと跳ね上がった。


「へぇ、アイリス隊長、ヒマなんですか?なら目の前の書類をどうにかしてもらいたいんですがね」


黒魔道士団副隊長、アルだ。にこりと笑うその表情こそとても柔らかく優しいのに目だけはまるでブリザガのように冷え切っていた。彼は黙々と書類を片付けていたらしい。


「ア、アル…!ごめんなさい、ちゃんと仕事するわ。だから怒らないで…!」


アルは怒らせてはいけないタイプである。アイリスの方が階級としては上であるが、昔から知りまるで兄のように頼り、アルもアイリスを時に可愛がり時に厳しく接してきた。アルを本気で怒らせたのはたった一度だけであるが、それが精神的にダメージ9999のクリティカルヒットのトラウマになり、以来絶対にアルを怒らせたりしないと誓ったのである。


「…でもまぁ最近仕事詰めだったからね。それだけ終わったら休憩にしようか」


先ほどの冷たい笑みではなく、目を細めて微笑んだアルにわたしも安心した。


「本当に!?わたし頑張るよ!」




****




アルの課したノルマをクリアしたわたしは両手を頭の上で組んでぐん、と伸びをする。背中や腰の骨がボキボキ鳴る。この音結構好きなんだよね。いろいろすることを考えたけど、やっぱり城内散歩に決めた。こんな日は外に出たっていつ雨が降るともわからないしバロン城は広く、歩き回るだけでも退屈しない。そして何よりカインに会えるかもしれないからだ。

歩き回ってしばらく。散歩をしていてこんなに何もないのも珍しい。いつもならおなじみの3人に会ったりだとか、他の人でもお話したりするのに。今日はみんな忙しいのかな、なんて思って執務室へ帰ろうとしたときだった。


(カインだ!)


前の方にカインの姿が見えた。少し遠いけど、蒼い竜の鎧に束ねた金髪、間違いない。そもそも竜騎士は今となってはあまり人数が多くないのだし。アイリスは歩いてるカインに追いつこうと駆け出す。

しかし、ふとアイリスの足が止まった。カインの少し前、曲がり角から出てきたのは白いマントに淡いブロンドの髪の親友。同僚らしき女の子と一緒だ。話に夢中になっているのか、カインにすら気付くことなく歩いて行く。

前を歩くカインの歩幅が小さくなる。まるで、追い抜くことを避けるかのように。その姿を目に焼き付けるかのように。

決して振り返ることのなかったカインの背中をしばらく見つめるアイリスだったが、唇をきつく噛みしめて俯きその場を後にした。ぽつぽつと音が聞こえて窓の外を見れば大粒の雨が降り始めたところだった。


(空が、泣いてる)


いっそ憎めたらよかった。彼女のことを嫌いになれたらよかった。だけどそれは出来ない。大切な親友だから。ねぇ、もしかしてあなたも同じなのかな。


視線が辿るのは後ろ姿ばかり
(ほら、またあの子を見てる)

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