初恋十題05

結局それは運とタイミングと努力次第


「アイリス、お茶を煎れるわ。休憩にしましょ」


朝から研究に勤しんでいた日。ひたすら魔導書を読み漁っていたらもう太陽は傾いていた。団員の一人がわたしに声を掛ける。どうやらみんな一時中断しているようだ。確かにわたしも肩が凝ったし、目も大分乾いた。ぱちぱちと数度瞬きをするとじんわりと沁みる感覚がする。今いくね、と返事をして適当に手頃な羊皮紙の切れ端をしおり代わりに挟んだ。




****




少しだけ。そう思っていたけれどなんだかんだ話し始めると止まらなくなるのが女の子。所詮内容なんてくだらない世間話だったけれど。今話している女の子、ハイトはロディという名の竜騎士に絶賛片思い中らしい。竜騎士、と聞いて一番に浮かぶのはもちろん金の髪を持つあの人だけれど、ロディという人物の話も聞いたことがある。成績優秀な上に容姿端麗で士官学校時代も評判だったとか。実力からすれば赤い翼にだって入隊できたはずなのに竜騎士を志願したらしい。


「…やっぱり、ロディは人気者だからライバルも多いし…」

「そうね。だけど、ハイトはすごく綺麗なんだし自信を持っていいと思うよ?」


ライバルが多いという悩みはわたしも共感できる。カインは全く気にしてないような素振りだけれど、彼のファンは数えきれない。竜騎士団隊長であり、あの赤い翼のセシルと一緒にいるのだから嫌でも目立つのだ。


(まぁ、そういう意味ではわたしもカインにとっては"その他大勢"に含まれるんだろうけど)


カインのように心を占める女性がいるのならば可能性は低いかもしれないが、ロディがそうでないのならハイトにもチャンスはあると思う。一緒に竜騎士本部に来て欲しいと頼まれたので了承して応援すると約束した。


「ロディは初恋の人なの?」

「え?そんなわけないじゃん!そんなのもうとっくに終わったよ。所詮初恋なんて、叶わないものでしょ!」


その言葉に思わず動揺して言葉を失ってしまった。そんなアイリスに気づかずハイトは目をキラキラと輝かせてそういえば、と話をこちらへ向けてくる。


「アイリスは?好きな人!なんかそういう話、聞いたことないじゃん!」


やっぱり女の子はこの手の話が好きだ、と改めて感じさせる。数年前にも親友に同じ質問をされたものだ。わたしが否定しようと口を開くと、ハイトのそれは閉じるということを忘れたかのように動き出す。


「やっぱり、幼馴染みがセシル様とカイン様だからなぁ…、それなりに顔にはうるさそう!あ、副隊長とかは?ねぇ、どうなの!?」


どれも違うと否定して手をパタパタと振って見せる。えぇ、とつまらなそうな声を上げられたのも想定済みの反応。第一本人もいる前で名前を出すなんて、アルもきっとびっくりしたに違いない。


「わたしのことはもういいから。好きな人なんていないわ。そろそろ仕事に戻らないと、みんなもいい加減切り上げてね」


その話題から逃げるように立ち上がり、ローブを翻して書棚へ向かった。適当に本を選びだして机に向かう。先日のモルボル討伐を受けて魔力切れが致命傷になりかねないことがわかったのでより魔力を消費しにくくする方法を考えているところだ。




****




本日の執務は終わった。特に何てことない一日だった。研究室に籠っていたからカインに会えるはずもなく、いつもなら彼のことを考えることも少ないような日のはずなのに、ハイトとの会話が頭から離れない。

―所詮初恋なんて、叶わないものでしょ!―

それはよく聞く話だった。誰が言い出したかもわからないような迷信。だってこんなに日々研究に勤しんでるわたしにも、その根拠がわからないから。別に恋の研究をしているわけじゃないから当然なんだけど…。

初恋は叶わないなんて誰が決めたの。そんなの嘘だよ。現にローザとセシルは叶ったじゃない。でも、きっとわたしの初恋は…。


たかが迷信 されど迷信
(叶う人も、叶わない人もいる)

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