初恋十題03

きらきら輝くその色に惹かれてしまうくらい許してね。


今日はバロン近辺の魔物退治の任務が下されている。この辺りにあまり強い魔物はいないからわたしたち黒魔道師だけで来ていた。配置の関係上人数が少なく初心者が多くなってしまい少々不安が残るけどこればかりは仕方がない。


「ファイア!!」「ブリザド!!」


あちこちで魔法の呪文が飛び交う。なんだか今日は魔物が多い気がする。みんな魔力が切れそうだ。わたしはまだまだ余裕があるので前線に立ち杖を構えた。魔物の攻撃も届く位置で、衝撃で呪文の詠唱が途切れないように意識を集中させる。


「ファイラ!!」


あまりの敵の多さにいらだって中級魔法を使った。一瞬で辺りの魔物は焼き払ったけれど、どこからかわんさか湧いてきてキリがない。ちらっと後ろを見てみると、初心者の人達は魔力が底を尽きたようだった。エーテル飲んでるけど足元がふらふらしている。仕方ないか、魔法使いにとっては魔力が体力みたいなものだもの。わたしにだって隊長としての意地がある。絶対に、団員は守ってみせる。もういちどファイラを使うために集中する。魔力を込めて、呪文を唱えた。




****




倒しても倒しても一向に敵は減らなかった。一つ気付いたことは植物系の魔物ばっかりだということ。これはきっとどこかに親玉がいるに違いない。既に持ってきたエーテルは底を尽きた。もうちょっとたくさん持って来るんだった。魔力切れの団員は安全なところへ避難してもらい今は上級者ばかりが残ってる。なんとか応戦していれば大きい身体を覆うようにびっしりと生える蔓がうねうねと動き、真ん中に大きい口のある魔物が現れた。


「アイリス!危ない!!」


仲間の一人が叫ぶと同時に蔓がわたし目掛けて振り下ろされた。間一髪で避けるが地面に大きく傷が残る。まともに当たればひとたまりもないだろう。あれはモルボルだ。バロン周辺にはいないはずの魔物が何故現れたのだろう。おそらく奴が今回の魔物たちの親玉とみて間違いない。


「みんな、下がって!」


全員が安全なところへ避難したのを確認すると、わたしはありったけの魔力で長い呪文を唱えた。


「ファイガ!!!」


ファイア系の上級魔法、ファイガ。たいていの魔物ならわたしのこれをくらえば片付けられるはず。モルボルは大きな炎に包まれて苦しそうにうごめく。暴れているせいで炎があちこちに燃え移りそうだ。炎が消え、弱りはしたがまだ動く力が残っていたようだった。わたしがファイアを唱えようと詠唱を始めたそのとき、大きな口が開き目で見てわかるほどに茶色く濁った息が吐かれる。

目の前にいたわたしはその息をもろに吸ってしまった。あまりの臭いに思わず咳き込む。同時に視界はモヤが掛かったように見えなくなり、頭が混乱して、声も出なくなった。ばしん、と弱った蔓で叩かれて、とりあえず混乱状態は抜け出す。

視界に捉えることは出来ないけれど魔物の荒い息が聞こえる。腰につけたポーチからやまびこそうを手探りで取りだして口に放り込む。この味は嫌い。とても苦いから。団員たちの消耗、バロンの平和を脅かす凶悪な魔物。そして何よりくさいいきを吹きかけてくるなんて、許せない。


「トード!!」


いらだちを全てこの呪文に込めて放った。手ごたえはあった。めぐすりを差してクリアになった視界でみてみると、そこには緑色のカエルがぴょんぴょん跳ねていた。最後にファイアで倒してから団員の方を振り返えればボロボロになってたけどみんなちゃんと無事にそこにいた。よかった。


「…任務、完了です。帰城します!」

「「はい!」」




****




残っていたポーションで傷の酷い人から応急処置。でもそんなに重傷の人がいなくてよかった。わたしも頭から血が流れてたようだ。夢中になっていたから気が付かなかった。ポーションの味もあんまり好きじゃない。

城に帰ると既に情報が回ってたのか、白魔道師団員たちが迎えてくれた。傷ついた身体に癒しの呪文が浴びせられる。あったかくて気持ちいいから、ポーションなんかより絶対にこっちの方がいい。なんて和んでる場合じゃない。ベイガンに任務報告しなきゃ!

謁見の間を出ると気を張ってたのが一気にとけて、代わりに疲れが出てきた。眠気を堪えてなんとか塔に向かって歩いていると後ろから愛しい声に名前をよばれた。


「アイリス」

「…!カイン!どうしたの?」


久しぶりに見かけるその姿に胸がドキッとした。


「今日の任務、大変だったらしいな」

「まぁね。魔力使いすぎちゃって、へとへと…」


苦笑して言う。わたしもまだまだ修行が足りない。あの程度の魔物くらいなら無傷でみんなを守れるようにならないと。


「でもお前が守ったんだろう。よく頑張ったな。ほら、これやるよ」


エーテルは持ってなくてすまん、と言って差し出されたものを受け取ってみる。わたしの掌にコロンと小さなキャンディーが転がった。


「セシルがくれたんだが、俺は甘いものは苦手だからな」

「…そっか、ありがとう」


透明のセロハンにつつまれた黄色い飴。カインはたまに嘘が下手だ。セシルはカインが甘いもの好きじゃないことくらい知ってるから飴を渡したりしないのに。わたしの好きなレモンキャンディ―。カインがくれたっていうだけで、すごく特別なもののような気がする。何よりも好きなものを覚えていてくれることが嬉しかった。




****




部屋に戻って、レモンキャンディ―を明かりにかざしてみる。キラキラ輝く黄色が綺麗で、味よりもその見た目が好きなのだ。しばらくそうして眺めてからそのまま口に放り込んだ。あれ、こんな変な味だったかな。甘いはずなのに、すごく苦い。ああ、やまびこそうの味が残ってたのか。

せっかくの飴が苦いものになってしまってちょっと残念。でもわたしにはちょうどいいのかもしれない。だって初恋はレモンの味って言うでしょう?わたしの初恋は甘くなんてない。すっぱいなんて可愛いものでもない。こころが痺れそうなくらいに、苦い苦い初恋だもの。


ハニーレモンよりも苦く
(この痺れはばんのうやくでも治らない)

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