Like apples and oranges


「副課長、お話があります」

朝、始業後すぐに自分を嫌うに人物にそんな事を言われたら誰だって嫌な予感がするものだ。何かしら、問えば彼女は後でお時間貰えませんか、と聞いてきた。水を被ったあの件の印象が強過ぎるからか逆に怖い。

「いいわ、昼は?」

そう言えば彼女は分かりました、とだけ言い仕事に戻って行った。昨日グレンヴィルと彼女を監視してたのバレちゃったのかしら、と考えを巡らせるが、バレた所で監視を止める訳でもないのだから言い訳を考える必要もない。

「どうしたの、急に」

「…」

昼になりエルシーと共にバードン支部の食堂に行った。リニューアルオープン以来、相変わらず人が多い。席につき彼女に問うがなかなか口を開かないので昼食のパスタを一口。

「…」

「イーナ、本当に覚えていないの?」

「…」

エルシーから漸く発せられた言葉に思わずフォークを置いた。今何て?私を副課長ではなく名前で呼んだ?

「…何の事?」

そう問えば彼女は暫し目を伏せた。そして、いえ、何でもありません。と言う。何でもない、なんて嘘よ。そう思いつつも追及する事はしなかった。

「…話ってなあに?」

「副課長、昨日私の事つけてましたね」

「ええ。それが、何だと言うの?」

「仕事ですか?」

仕事といえば仕事だが、仕事ではないといえば仕事ではない。仕事と言ってしまうのもあれだが、プライベートと言うのはちょっと気持ち悪いわよね、なんて思いながら、そんな所よ。と笑みを浮かべ言った。

「シリル・グレンヴィルはご存知ですよね?」

「ええ」

まさか彼女の方から彼について触れてくるなんて思わなかった。

「副課長に、力を貸していただきたいんです」

彼女の言葉を聞いていて、何事?と小さく首を傾げる。私に水を浴びせた彼女はどこに行ったの?

「話、聞かせて」

「シリルを、失脚させたいんです」

「あなたと彼、恋人じゃないの?」

そう問えば彼女は頷き、この立場は利用出来ますから、と言った。エルシーはシリルの恋人という立場を利用してタバコ密輸組織のシリル・グレンヴィルという男を失脚させたいらしい。

「理由は?」

そう尋ねるも既に頭が痛くなってきた。彼女は私の内務調査課の仕事でACCAをクビになったシリル・グレンヴィルを理由にあんな芝居をした。嫌いな私を貶めたくてそうしたとはいえ、何故そのシリルを失脚させるのか、彼女の行動は矛盾しているではないか。

「彼は変わりました…」

「…そう」

何だかその先を聞く気分になれなくてとりあえず相槌を打つ。エルシーはそれ以上詳しくは話さなかった。

「あなた、彼のために私の不祥事を作り上げたんじゃなかったの?何故?」

「あれは、シリルのためではなく…私のためですから」

「そう……でもね、それが事実だとしてもあなたの事を信用出来ないわ」

シリル・グレンヴィルのためではなく自分のために私の不祥事を作り上げようとしたのだとしても、全面的に協力する気持ちになんてとてもではないがなれない。それに色々唐突過ぎて訝しむ自分も居る。

「副課長ならそう言うだろうと思っていました…」

「本当に彼を失脚させたいなら私ではなく警察局の方に掛け合うべきだわ」

そう言って暫く手を付けていなかったパスタを食べる。それを見てエルシーも昼食に漸く手を付けた。

「ひとつ、良いかしら?」

「何ですか?」

「あなたの彼氏に手を出したなんて嘘を流すくらい大嫌いな私に何故協力を求めるの?」

その様に尋ねると彼女は何かおかしい事でも?と言いたげに私を少しだけ睨んだ。どう考えても怪しいでしょう、と言えばエルシーは水を一口飲み、

「嫌いですよ、でもあなたは優秀だから利用するんです」

とはっきりと言い切った。何、怖いこの子。私にはとても考え付かない発想に思考がついて行かない。

「そこまではっきり言われると寧ろ清々しいわ…」

気が変わった。怪しいし、何故協力しなければならないのか、と思っていた。否、それは今でも思っているが彼女達を知るにはリスクも必要かもしれない。

「本来なら、嫌よと言う所だけど…分かった。利用されてあげる」

内務調査課の仕事であるならそこまでのリスクを背負ってはいけない。だが、エルシーやグレンヴィルの件に関してはACCAの仕事ではない。私がどんな方法をとってもある程度許されるだろう。

「ところで副課長」

「なあに」

「昨日のあの人は彼氏ですか?」

「は?違うわよ」

ジーン・オータスの友人、ニーノの事だ。楽しそうにシリルと話をしながらこちらの方も見ていたというのか。

「嫌いなのに私の事気になるの?」

「まさか。世間話です」

「嫌いな人間と無理に世間話しなくて良いのよ」

そう言えば副課長ウザいです、と再び言われてしまった。話を振ってきたのは彼女なのに理不尽じゃないかしら。それはそうと、彼女が私を“イーナ”と呼んだ事が気にかかる。でもまるで水と油の様に、彼女と調和する事は出来ないだろう…とエルシーを見ながら考えた。

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