自由を求める男
「ジーンのストーカー」
そんな声がして振り向けばそこに居るのはあの青髪にサングラスの男。何でここで会う訳?
「何よ、ジーン・オータスの友人さん」
「またジーン追っ掛けてるのか?」
「追っ掛けてないわ、見れば分かるでしょう?」
この場にジーン・オータスは居ない、そういう意味を込めて彼を見ればジーン・オータスの友人はそうだな、と言った。
「あなたひとりなの?」
「そうだけど?」
何だ彼もひとり、飲みに来たのか。私もひとり飲みながら緩くエルシー・オルコットとシリル・グレンヴィルのデートを監視中だ。他人のデートを見ていても全然楽しくない。
「少し付き合って貰えない?」
「生憎ストーカーが趣味の女性は好みじゃない」
「そういう意味じゃないわよ」
誰がこの得体の知れない真っ黒な格好の男性にいきなり告白するのよ、馬鹿じゃないの、そんな心の声が態度に出てたのか彼は冗談だよ、と言って向かいの席に腰を下ろした。
「名前、何ていうの?」
「俺?」
「あなた以外に誰が居るの…ジーン・オータスの友人さん、って長いのよ」
そう言えば彼はニーノ、と名乗った。それから私の名を聞いてきた。そういえば人に聞いておいて自分も名乗っていなかった、とハッとした。
「私はイーナ。イーナ・フェーベルよ」
「ひとりで飲んでるのか?」
「ええ、ひとりよ。あなたこそ、今日はジーン・オータスと一緒じゃないのね…」
そう言うと彼はまあな、と言った。あまり多くを語ってくれそうにはないが、ひとりでカップルを見張るよりはかなりマシだ。
「イーナは、ジーンが好きなのか?」
「は?」
この人は私がジーン・オータスを調べているのは単なる好意からだと思っていたの?もしそうだったなら本当にただのストーカーになってしまうではないか。
「違うわ、詳しくは言えないけれど仕事の様なものよ」
「やっぱストーカーだ」
「…好きに呼べば良いわよ…」
思わず溜め息が出た。ニーノと名乗った男はそんな私を見て幸せが逃げてるぞ、と言った。
「逃げてるかもねえ…」
そう言うと目の前の男は適当だな、と少し笑った顔を見せた。幸せなんて元々ないのかも、と呟くとビールをグイッと喉に流し込む。
「すごい飲みっぷりだな」
「そう?あなた飲まないの?」
私がそう尋ねれば彼は店員さんにビールを2つ頼んだ。ニーノと名乗った男と話しながら横目でカップルの様子を伺う。エルシーは私と話している時とは裏腹ににこにこと笑みを浮かべている。
(何、楽しそうじゃない。とてもじゃないけれど嫌々には見えないわよね…)
「あなたは何をしているの?仕事」
「記者」
「へえ、何だか意外…」
そう言えば彼は何に見える?と聞いてきた。真っ黒な格好の怪しげな男のイメージといえばあまり良い物は思い浮かばない。
「スパイとか」
「何だよそれ」
適当に口に出た答えにニーノは少し笑った。適当過ぎだろ、と。
「イーナは何やってるんだ?仕事」
「あなた、別に興味ないでしょ?」
「会話する気ないな…」
そういう意味じゃないわ、と言うと今の言い方じゃどう考えてもそう捉えられるぞ、と彼は言った。
「そう、かもね」
「お前友達少ないだろ」
「…どうなのかしら」
自分の事だろ?ニーノにそう言われ確かに、と思う。友達は確かに少ない、が何となくそれを認めてしまうのは癪だ。ビールを一口飲み答える。
「私、ACCAに勤めてるわ」
「ACCAの何?」
「…教えない」
「ジーンをストーカーしてたのもACCAの仕事か?」
聴取かしら、と言うと彼は違う、と首を振った。だからストーカーじゃない、と言っても彼は何度でも言うだろう。撤回するのも面倒くさい。
「違うわ」
彼のACCAの仕事でジーン・オータスをストーカーしているのか、という質問に対して答える。ニーノはそっか、とだけ言うとビールをグイッと飲んだ。
「さっきの事だけれど」
「?」
「あなただって友達が多い様には見えないわ…」
「だろうな」
私と違いすんなり認めてしまう彼に少し驚く。そういう事には拘らないのかもしれない。
「バイクが友達、とか言いそうなタイプね」
「よく分かったな」
「え」
適当に言ったのに本当にバイクが友達なの?微妙に言葉が掛けづらい。微妙な沈黙が流れ、彼はフッと笑うと何だよ、と言った。
「いえ、まさか本当にバイクが友達だなんて思わなくて」
「俺が可哀想な奴みたいに言うなよ」
「可哀想、というか…あなたって自由というか気ままというか、そんな感じがして」
そう言えばニーノは、自由か…と呟いた。記者って自由ではないのかしら?ACCAの様なお役所仕事に比べたら自由なイメージはある。
「自由になりたいから、自由にどこでも行けるバイクが好きなのかもな」
「いきなりポエムみたいね」
少し笑えば彼もまた少し笑った。ニーノという男はジーン・オータスと似ていて空気を掴むくらい、掴みどころがない雰囲気が感じられる。
「付き合ってくれてありがとう、話し相手が居て楽しかったわ」
時たま横目で様子を伺っていたエルシーとグレンヴィルが店を出たので、今日はもう帰ろうと思い残っているビールを飲み干した。彼が飲んでいるビールと私が飲んだ2杯のお代を机に置いた。彼はいいよ、と言ったが付き合わせたのは他でもなく私だ。
「付き合ってもらったお礼。気にしないで」
そう言うと彼は困ったな、という様な笑みでありがとうと言った。こちらこそ、と言い店を出た。彼の、自由になりたいから自由にどこでも行けるバイクが好きという言葉を思い出す。自由を求めているから自由そうに見えるのかしら、なんて夜風に吹かれながら髪を結んでいたリボン解いた。私の手でひらひら風に舞うそれはまるで自由を求めている様。私はしっかりと紺色のリボン握った。
▼ ◎