足は幾ら踏み出しても形の無い砂に潜るばかりで少しも前には進まなかった。砂漠の中は酷く乾燥していて、しかし、想像していたものよりもはるかに冷たい空気が肌を滑り、どうしようも無い違和感に身を竦めた。

俺の数歩後ろから着いて来る砂の音。それはやがて追い付いて、俺の右腕を引き止めるように掴んでは後ろに下がりまたしんどそうに着いて来る。そいつが右腕に指を触れるたびに刃が紙を擦るみたいにして血が吹き出るものだから、来ていた白いシャツの袖は赤く濡れて、僅かに脇腹の下に繋ぎ止められた部分からぶら下がっているだけの布に成り果てていた。
痛いし、意味の無い事だから止めて欲しいのに、またそいつは切り裂く手のひらで肘の角を掴み、わざとやっているのかどうか知らないが、引き摺るようにぐいと皮膚を破いて後ろに下がった。
目の前が眩む程の痛みに肘を抑え振り向くと、奴は呆けた顔で言った。

「いやなの?」

嫌に、決まってる。そんな事も分からないのかと言う風に吐き捨てた。
歩き続けるなら、と呟いて、そいつは続けた。

「当たり前のことだよ」

今度は左腕を捕まれて、俺はまた耐え難い痛みに呻く。
着いて来るな。俺にかまうな。一人で歩きたいのに、どうして引き止めるような真似をする。痛くて、痛くて、歩いていられないぐらいなのにそいつは俺の腕を掴み、今度はまるで踊るように俺を引っ張りくるくると舞った。勿論、腕はもう血がべとべとに張り付いて、肌の色が見える部分を見つける方が困難なまでになっていた。


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窓辺でしばらく静かに眠っていた彼は、突然に咳込み出して目を覚まし、止まらないのか身を捩り苦しそうに喉から空気を押し出していた。

「げほ、あ、ぐっ……、吸入器、っげほ」

慌てて箪笥から彼の吸入器を取り出して手に握らせる。寝起きだからか温かかった。
数回吸い込んで落ち着いたのか背をゆっくりと上下させて頬をテーブルに押し付けてはあ、と息を吐いた。目尻に涙が浮かんでいたので指で掬えばびくりと肩を震わせて、顔を背けられてしまった。

「え、こっち向いてよ」

「いやだよ」

首元を掴んで無理に此方を向かせると、怒りか何かで顔を赤く染めて目を伏せていた。
色素の薄い、さらさらとした髪を撫でる。温かく柔らかで、彼に触れていると心が凪いでいくのがわかった。


「――やさしく、しないで……」


閉じられた瞼は長い睫に縁取られ、そこを涙が滑っていく様子がとても美しいと思った。
彼はこの先自分が誰にも優しくされないで生きられるとでも思っているのだろうか。この先ひとつも傷付かないで生きられるとでも思っているのだろうか。そこまで何も知らない人でも無いと思ってはいるけど、やはり疑わずにはいられない。
君の苦しそうな顔を愛しく思う僕が居る。例え君が望まなくても、僕は君に優しくしたい。そして本当のところでは君もそれを望んでいるんだって、何年かかっても僕が教えてあげるから。
憐れみを下さい


 
2012/06/26

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