人を愛するって、どんなきもち?
窓の外を眺めながら、彼女は至極穏やかな声音で呟いた。湿気でうねった髪はふわふわと僕の鼻腔を擽り、その香りだけで何もかもどうでもよくなってしまうような気がした。きっと、この気持ちが彼女の問いに対する答えなのだろう。そうは思ったが、僕の口はそれを言葉にする事は無く、ただ覚えたての湿気った煙草を吹かすばかりだった。

非性愛者、若しくはエイセクシャルと言うそうだ。世間では彼女の精神はそういう位置付けにあるらしい。所謂、人を愛する事の出来ない、というよりかは人を愛する気持ちを知らない人。だけど、それはそんな風にあっさりと名前を付けて分別出来るようなものでは無いと僕は思う。人を愛せないという事は、はっきり言って異常だ。子孫繁栄という生き物としての本能に逆らっているのだから、極端な話生き物である資格の無い存在。そんな捩れた存在を認め、それはそれと納得或いは見過ごして置くなんて、在って良い事なのだろうか。
彼女のそれが先天的なものなのか、もしくは遠い昔には無意識にでも誰かに恋焦がれた事があるのか、それすらも僕は知らない。何も知らなかった。その事柄以外にも、彼女の生い立ちや故郷、好きな色から食べ物、天気、場所、何もかも。それでも僕は彼女を愛していた。思えばそれだって十分異常なのかも知れない。
何が異常で何が正常かなんて事を決められる人間が存在するというのなら。そいつはどんなに正しく美しく、理知的だというのだろう。きっと掃いて捨てる程居る悩み苦しむ人達の事など、頭の片隅にも無い事だろう。それは果たして正しい人間なのか。


「きっと、君には一生わからない気持ちだよ」

その髪に触れたい、その頬に口付けたい、その瞳に永遠に映されていたい。その願いのどれもが、彼女の望まないものだ。無理にでも叶えたいなんて思ってはいない。彼女の事を好きだから。
そっか、と彼女は呟いたのちに、そのままの表情で誰に言うでもなく一人ごちた。

「知っていた事だけど、それでも訊いてみたかった」

それはどこまでも薄く拡がる波紋のような響きだった。そこに一石を投じる事の出来る人など居なかった。孤独と呼ぶには、あまりにも近過ぎている。
逃げられない場所ってどこだと思う


 
2012/06/18

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