錆びたノブを捻って重たい扉を押し開けた。がちんと後ろで閉まる音がして、彼女は、まるでその音に背中を押されたようにして私の視界から消えた。

泥だらけの瞳をして私にすがり付く、その身体を抱き止める事も出来ずにただだらりと両手を下げていた。ぐすぐすと鼻を鳴らして、私の服は泥まみれだ。
「来月に、なったら、て、言ったよね。なのもう一週間経ったよ。いつまで、待てばいいの。早く、はやく」
壊して。
小さな、透く声で、刺すように、射るように、彼女は呟く。
壊せる訳が無い。こんなのはきっと一時の気の迷いだ。彼女だってすぐに正気を取り戻して、私の元を去って、そうしてやがて忘れて、どこかの男と仲良く手を繋いで街を歩いたりするのだろう。そう思い込み続けてどのくらい経ったのだろう。
「壊してよ、だって、もう、十二月、これ以上、は」
柔らかい身体と泥が押し付けられる。壊したい。壊したいさ。だってこんなにも頬が熱い。


ベッドが揺れる感覚に目を覚ますと、彼女が床に散らばる服を適当に集めて着ている所だった。大抵は私よりも後に目覚めるものだから、珍しがって声を掛けた。
「どこか行くの」
「……あの朝」
「あさ?」
「あの朝の事、私は覚えてるから」
そう言って、彼女は今までで一番、やさしく笑った。昨日はあんなに泣いていた癖に、今朝になればあんなに綺麗に笑っている。
ドアの向こうに消える後ろ姿を見ながら、彼女が何の事を言っていたのか、まだ上手く回転しない頭で考えていた。
凍るような空気と雨と、温かい首筋。何も思い出せない。だけど。
いやな予感がした。椅子に掛かっていた上着をひったくって自分のか彼女のか定かでないサンダルを突っ掛けて玄関を飛び出す。閉塞し切った階段を駆け上がり、屋上に続くドアに手を掛ける。


泥みたいに汚い涙とか一瞬だけ笑ってみせた顔だとか、そっぽを向いて言った私の言葉を聞いた時の幸せそうな顔だとか、全部、全部。壊したくなかった。壊したかった。そこにあるのは、絶対に壊せない、狭い屋上だけだ。
あたしなんだって愛してみせるよ


 
2012/03/19

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