意外な事に、あれ程恐れていた虚無感は欠片も襲って来なかった。在るのはただ清々しさに似た思いと、少しの後悔。湿気の匂いの残るこのトンネルを抜ければ、きっとそこには。

実体の無いものを恐れ過ぎたのかも知れない。今傍にあるものがいつか無くなるその日を、僕はずっと恐れて来た。今が壊れる。そう思うだけで心臓が震えた。しかし実際にそれを失う事になった今、恐れなど少しもこの心には無かった。名残惜しくはあるけれど、空いた隙間に次は何が来るのか、そんな事に考えを巡らせるだけで心踊る思いだった。それが逆に、恐くもあるのだけど。少なくとも、嫌な程に覚えのある、考えただけで色々な所から色々な水分を出してしまいそうになる感覚と同種のものでは、無い。

トンネルを振り返ることはしない。後ろには何も無いことを知っているから。トンネルを抜けた先に、これから沢山のものを見付けたり、拾って行ったり、置いて行ったりするのだ。そうしていつか、振り返りたくなるように。
湿った空間を抜けて、暗い天井は視界から消える。在るのはただ、かたちの無い空。
あした世界は終わるのに


 
2011/08/30

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