道に迷ってようやく抜けた先は、私がまだうんと小さい頃によく通った道だった。
土臭い畑も眩しい夕日もあの頃のままで、でも決定的に何かが違う。忙しなく自転車を漕ぐ足を止めると、小さな女の子に追い抜かれた。次いで後ろから、少女の母親と覚しき女性。
一体なにが、違うというのだろう。
既視感と違和感が喉元まで競り上がっているというのに、何故だかそこに影を縫い止められたかのように動けなかった。


遠い夏の日、今と同じように、自転車を漕いでいた。垂れる汗を拭いたくても手のひらはハンドルから離れなくて、ぽたりと桃色のワンピースに染みが出来る。
少しくらい、と手を離して額に触れた瞬間、大きく車体を傾げてアスファルトに打ち付けられる。
肘も頬も擦り剥いて、痛い痛いとわんわん泣いた。
柔軟剤の香りのするハンカチを差し出されても、少し乾燥肌の手のひらで頭を撫でられても、涙は溢れるばかりで今思えば大層困らせただろう。いや、それは何もあの時に限った事じゃ、ないか。

その時、飛び交う紋白蝶の一匹がふわりと此方にやって来て、優しく頬に触れた。
瞬間ふと泣き喚く声は止み、無邪気に笑った事を覚えている。


『ちょうちょがわたしにキスしたの』


涙のすっかり乾いた頬でにっこりと笑った顔によく似た、大きな向日葵が揺れていた。



閑散としたその道は、私にキスをしてくれる蝶も眩く育つ向日葵も無かった。
汗を拭うどころか少し肌寒く、昼間はもう少し暖かかったのに、と遥か上方に文句を垂れた。真夏になれば、今の時間帯も暑くて耐えられない程になるだろうか。
私はもう、自転車の片手を離したくらいじゃ転ばない。無論それで泣く事も無い。でも、だからって、差し出されるハンカチや温かい手のひらが要らなくなったという訳じゃないんだ。

昔よく通ったこの道をただ懐かしいと思うには、些かまだ幼すぎた。
道だけ重なって後は何もかも違ってしまった。違う事だらけじゃないか。あの頃と比べて今の私は、なにもない。自転車を上手に乗れるようになったって、転んでも泣かないようになったって、失ったものが余りにも大きすぎるのだ。

転んでも泣いても、優しい手のひらは私にはもう無い。
それだけの現実を思い起こさせるこの道はただ辛くて痛いだけだった。大人大人と周りの大人達に言われても、私は一生、貴女の子供のままである事に変わりは無いんだ。

何も育てられていない畑から視線を外して、自転車のペダルを漕ぎ始める。
この畑もじきに賑やかになるだろう。そうして夏の香りに誘われた紋白蝶が飛び交うようになるのだ。そうなれば、違う事はただ一つだけになる。

もう一度あなたにあいたいと、久々にそう願ってしまった。
不変の意味を教えて


 
2011/04/26

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