純愛
[01/02/03]

「ねぇ、綱吉くん」
「ん、どうかした?」
イタリアから日本へ帰る飛行機の中、僕は隣の席に座る綱吉くんに話し掛けた。窓際が僕、中央が綱吉くん、通路側には護衛のクロームさんが座っている。外の景色がよく見えるようにと、綱吉くんが勧めてくれた。因みにクロームさんは護衛なので、何かあった時すぐ動けるよう、通路側に座るのだと教えてくれた。

僕は数時間前の白蘭サンとの会話を思いだしていた。その中で、ずっと引っ掛かっていた事がいくつかあった。
「今日白蘭サンに話、色々聞いたんだ。その……幽閉されてる事とか」
綱吉くんは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐにいつもの優しい表情に戻った。
「白蘭が……。それで、何か気になる事でもあった?」
「ただの個人的興味なんだけど、どうして白蘭サンは幽閉されてるのかなって」
誰だって特に綱吉くんは何の理由も無く人を閉じ込めたりはしない。だから白蘭サン側に何か問題があっての事だろう、というのが僕の推測。ただ、白蘭サンが何をしたのかなんて到底僕には分からない。僕はどうしても興味を持ってしまった。
「詳細は長くなるし極秘だから言えないけど、白蘭は過去に重い罪を犯したんだ」
「でも白蘭サンって記憶無いんだよね?」
僕の問いに綱吉くんは頷いた。
「全く覚えてないし、思い出されても色々困るけどね。幽閉してるのは、簡単に言うと念のための監視と、生活保護かな」
記憶も無いのに放り出されたら誰だって困るよね、最後は茶化して笑った。
「納得した?」
「うん、ありがとう。こんなに話しちゃって平気なの?」
「正一くんだからね。正一くんなら絶対仲良くなれるって思ったんだ」
綱吉くんが何処か寂しげに笑っていたのが僕は少し気になった。でも触れてはいけないような気がして何も訊けなかった。
「まだ聞きたい事、ある?」
「あと、白蘭サンってどんな人?」
「どんな人、ね……」
綱吉くんは一瞬きょとんとして、少し考えてから口を開いた。
「オレは一応記憶を無くす前から白蘭の事は知ってる。友達とかだった訳じゃないから深くは知らないけどね。白蘭は天才って言ってもいいぐらい頭が良かったし、今でも変わらない。でもそれが全ての原因だった」
綱吉くんは記憶を辿るような表情で、何処か遠くを見ながら淡々と語った。彼の隣でクロームさんも切なそうな顔で話を聞いていた。僕と目が合うと一瞬目を丸くして、かなり控えめに微笑した。
綱吉くんは続ける。
「結局頭の良さで自分の身を滅ぼしかけて、ボンゴレに保護された。最初はかなり情緒不安定だった。酷い時には自傷行為までしたからね」
「自傷……?!」
綱吉くんは真剣な面持ちで小さく頷いてまた続きを話し出す。
「長い時間を掛けて白蘭はやっと落ち着いた。元々頭は良かったから事実は比較的早く受け入れてくれた。だけど会いに行くと“昔の事なんて覚えてないのに、記憶の断片が頭にちらつくんだ”って言って部屋の隅で震えてる事もあった。中々誰にも心を開いてくれなくて、人と会うのを頑なに拒むんだ。未だに正一くんとオレだけだよ、白蘭が心を開いたのは」
「そうだったんだ……。よく僕と会う事にしたね」
「こっちはどうしても正一くんを会わせたかったから白蘭が折れるまで必死で説得したよ」
綱吉くんは懐かしいな、と言いながら笑っている。

――そこまでして僕を会わせたかったんだ……

「誰にも心を開かなかった白蘭は1日中何かを考えてた。ある時突然、自分は一体誰なんだ、何故自分はこうして生かされているんだ、なんて言い出したんだ」
「それで、綱吉くんは何て答えたの?」
「聞きたい? “白蘭は白蘭でしか無い、それに生かされている理由を知った所でどうなるんだ”って答えた。オレにはそれしか言えなかった」
深い問いと、深い答えだと思った。僕だったら黙ってしまうかも知れない。そこまで考えられる程大人でも無いし、頭も良くない。白蘭サンと綱吉くんの頭の良さは勉強が出来る頭の良さとは違うんだと感じた。
「だけど“僕はきっと望まれず、誰にも祝福されずに生まれて来たんだろうな”なんて言い出された時には流石に何も返せなくなった。否定したかったけど、したところでどうなる? 白蘭は否定して欲しくて言った訳じゃないって分かってたから、オレは黙るしかなかった。頭が良いって、時に残酷な事なんだね」
「そう、だね……」
「…………一番驚いたのは、“過去に僕は誰かを傷つけたんだよね? って訊かれた時だけど………」
綱吉くんは俯いて小さく呟いた。何を言っているのかよく分からなくて顔を覗き込んだら、綱吉くんは切なそうな表情をしていた。
「……綱吉くん、大丈夫?」
「何でもない、大丈夫だよ。独り言だから気にしないで」
声を掛けてみたら刹那ハッとしたような顔をしたけれどすぐに笑顔を作って誤魔化した。
「他に、訊きたい事は?」
僕はかぶりを振った。これだけ話を聞ければもう充分だった。
「もう無いよ。色々と教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。……正一くん、やっぱりボンゴレに入らない?」
「僕が?」
今までも何度かボンゴレに入らないかと誘われてきた。綱吉くんにとって僕はそんなにボンゴレに欲しい人材か何かなのだろうか。
「エンジニアとして働いて欲しいから戦う事はまず無い。何かあればオレ達が守る。こんなに若くて将来有望な技師は他にいないよ」
「うん……」
「それに変な言い方だけど、何より白蘭の友達になって欲しいんだ」
「友達?」
白蘭サンと友達になって欲しい、というお願いは正直意外だった。でも僕以外の人には頼めないんだろうとも思った。彼の他に白蘭サンが心を開いたのは僕だけだと言っていたし。ただ何故僕を適役だと判断したのかはやっぱり分からない。
「今日見てて確信したんだ。2人共また会いたいって言ってたし、どうかな?」
「考えておくけど、母さん達にどうやって言い訳しよう……」
流石にマフィアとは言えないし、どうにも言い訳がしづらい。そんな僕の考えを見抜いたのか、綱吉くんは小さく笑った。
「どっちにしても高校は卒業してからだし、オレも説得手伝うから」
綱吉くんは僕に入って欲しいとは言いつつも、せめてきちんと高校を卒業した後でいいと言ってくれていた。
「あはは、ありがとう」
白蘭サンにまた会いたい、彼を自由にしたい、せめて少しでも役に立ちたいと思っていた僕は、決断を保留にしたもののほとんどボンゴレに入る気でいた。
「綱吉くん。もし僕がボンゴレに入ったとして、白蘭サンと会いたいって思ったらいつでも会えるの?」
「いつでも、は無理だと思う。でも許可が下りれば会えるよ」
「そっか……」
白蘭サンの話が出てからはボンゴレへの興味がとても沸いてきた。僕には程遠いと思っていた世界、将来のこと。今までは漠然としたイメージしか持てなかったけど、今日の事で少しずつ現実味が出てきた。
マフィアと関わるのはちょっと怖いけど、好きなことを仕事に出来るのは嬉しいし、綱吉くんの役に立てるのならいいかな、そう思った。
綱吉くん達はこういう世界に身を置いていて、白蘭サンもこういう人達のすぐ近くにいるんだと感じた。

「ボス……幹部で乱闘が……」
「はぁ?! オレがいないからって……」
そして改めて綱吉くんの苦労も感じた。


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初出:2010.8.26
修正:2012.2.28
(番外編を書くにあたってry)
(昔の作品って恥ずかしい)