「正一くん、この人。オレが紹介したいって言ってたの」
「初めまして。僕は白蘭」
「あ、初めまして。入江正一です」


純愛


その人は髪の毛も、肌も、着ている洋服の色も真っ白だった。
そして、その人は名前まで真っ白だった。
唯一瞳が菫色に輝いていた。
僕は不思議な、柔らかい雰囲気を纏ったその人に惹かれた。
「正チャン、って呼んでもいい?」
「えっ? いいですけど……」
「やった。正チャン♪」
その人は、子供みたいな無邪気な笑顔で僕に笑い掛けた。ほっぺ赤いよ? と言われて僕はそう言えば家族以外から「正ちゃん」と呼ばれる機会は滅多に無い事に今更ながら気付いた。少し恥ずかしいというか、照れくさかった。

僕は今年の春、高校2年生になった。7つも年上で、兄的存在である綱吉くんに、「会わせたい人がいる」と言われたのが半年くらい前。昨日僕は綱吉くんに連れられてイタリアの地を踏んだ。その人と会うために。本当はもっと早く会わせたかったらしいけど、色々あってすぐに会わせる事が出来なかったと彼は苦笑気味に言っていた。
イタリアにまで来て会ったその人とは初対面なのに、なんだか初対面じゃないような気がした。
「正チャン」
僕の名を呼ぶその声すらも妙に懐かしく感じて、
「正チャン?」
気が付いたら、一筋の涙が頬を伝っていた。
「……っ、すみません。涙が勝手に………って、びゃ、白蘭サン?」
溢れ出てくる涙を手の甲で拭っていたら、
「正チャン、大丈夫だよ」
突然白蘭サンに抱き締められた。宥めようとしてくれているのか、背中を擦っている。言い聞かせるような優しい言葉と白蘭サンの温もりは、僕に安心感を与えてくれた。
「す、すみません……何でか分からないけど、涙が出てきちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
泣き虫さんなんだね、と白蘭サンは笑いながら頭を撫でてきた。子供扱いされてるみたいで恥ずかしかったけど、不思議と嫌じゃなかった。

「正一くん、白蘭。オレは席を外すよ」
「え?」
「隣の部屋で話をしてるから、もし何かあったら来てね」
落ち着いた頃を見計らって、遠くから僕らのやりとりを見ていた綱吉くんは部屋のドアに手を掛けた。
「待っ……」
「それじゃ、ごゆっくり」
綱吉くんはニッコリ笑って部屋を出て行ってしまった。いくら白蘭サンとは打ち解けたとは言え、流石に2人きりとなると話は別だ。ちょっと緊張する。だけどそんな心配は白蘭サンの声によって掻き消された。
「正チャン。ね、お話、しよ?」
「あっ、ハイ」
白蘭サンと僕は他愛ない話をした。話し手は主に僕。学校の事や普段の生活について話していると、白蘭サンはとても興味深そうに目を輝かせて聞いていた。こっちがそんなに面白いだろうかって思う程、白蘭サンは僕の話に食い付いてきた。
「正チャンは高校3年生かぁ」
白蘭サンが徐に呟いた。
「正チャンって勉強出来るの?」
「へっ? ……まあ、自分で言うのもナンですけど、普通に出来ると思います」
何故こんな事を訊かれるのかは分からなかったけど、嘘を吐くのも変だと思って正直に答えた。そうすると白蘭サンは益々目を輝かせた。
「すごーい! 学年でトップの方とか?」
「そうです、けど。何で分かったんですか?」
僕は元来勉強が嫌いな方ではない。好きな事と言ったら機械いじりと音楽を聴く程度。その所為か、勉強ではトップを保っている。運動は全然ダメだけど。
「んー、何でだろ、なんかそんな感じがしたの。大学は何処行くの?」
眼鏡かけてるからかな、なんて冗談っぽく言う。人によっては不快感を与えるセリフなのに、この人に言われても全く嫌な気がしなかった。
「まだ決まってないです」
高校生って大変なんだね、と白蘭サンは意味深に呟いた。今度は僕がずっと気になっていた事を訊いてみる事にした。
「白蘭サンは普段、何をやってるんですか?」
「僕? 僕は何もしてない、かな。僕の家でもないしね、此処」
「?」
「実は僕ね、昔の記憶はほぼ何も無いんだ。気付いたら此処に幽閉されてた。良く言えば保護、悪く言えば監視」
「幽閉?!」
白蘭サンは笑顔を崩す事なく、淡々と語った。僕には信じられない話だった。
「正チャンはさ、綱吉クンが所属してる組織の事、知ってる?」
「ボンゴレファミリーですよね」
「うん、そう」
綱吉くんの所属している組織、ボンゴレファミリー。由緒正しきイタリアンマフィア、その10代目ボスが綱吉くんだ。深い事情までは知らないが、話は綱吉くんから聞いた事があった。実を言うと将来、技師として働かないかと誘われていたりする。
しかし何故ここでボンゴレの話が出るのか。まさか白蘭サンを幽閉しているのがボンゴレだと言うのだろうか。
「じゃあ、綱吉くんが白蘭サンを?」
白蘭サンはかぶりを振った。
僕は安心した。心優しい綱吉くんがそんな事をするなんて信じられなかったからだ。
「ボンゴレが、っていうのは正解。でも綱吉クンが就任する前からだし、彼は僕を釈放しようとしてくれてるんだけどね」
「複雑……なんだ……」
これが大人の事情、と云う物か。綱吉くんの苦労が少し伺えた気がした。
「正チャン、そう言えばあの時どうして泣いたの?」
不穏な空気を察してか、白蘭サンが話題を変える。
「あっ、あれは……」
僕は口籠もる。懐かしい感じがしたから、なんて言ったら変に思われそうで怖かった。だけど他の理由なんて思い当たらないし、上手く説明出来そうな気もしない。どうしようかと僕が困っていると、その様子を見ていた白蘭サンが僕が話す前に喋り出した。
「引いたりせずに聞いて欲しいんだけど、正チャンの姿を一目見た時、なんだか懐かしい気持ちになったの。昔の事なんて覚えていないはずなのにね」
「え……」

――僕と、同じ?

どくん、心臓が跳ねる。
「最初、綱吉クンに会わせたい人がいるって言われた時は驚いた。面会する人なんて綱吉クンや組織の人間くらいだったからね」
あとはお医者さんだったかな? と白蘭サンは遠い目をしながら喋り続ける。僕に向かって直接話し掛けていると言うよりも、モノローグに近い。遠い目をしているから余計そう感じるのかもしれない。
今までかなり自由を制限されて来たんだろう。こうやって話す相手もいなくて。
ずっと、独りで。
独りぼっちで、記憶も無くて、この人は寂しくなかったんだろうか。綱吉くんが僕を白蘭サンに会わせようとしたのも、それが理由? でも僕である必要性は? 心臓が音を立てる。

――なんだか懐かしい気持ちになったの。

僕も同じだ。まさか綱吉くんはこうなる事を分かってて僕達を会わせた?
綱吉くんは凄い。時々全てを見透かしたような事を言ったり、行動をとったりする。僕と白蘭サンは一体何なのか。後で訊いてみたいけど、知るのは少し怖いとも感じた。
「実際正チャンに会ってみたら、思ってたよりしっくり来ちゃって……正チャン?」
僕の名前を呼ぶ声で我に返った。考え事に没頭し過ぎた。
「あ……すみません。……実は僕も同じような気持ちになりました。だから涙が出て来ちゃったのかも……」
最後は言い淀んでしまった。確信は持てなかったけど、でもきっとそういう理由なんだと思う。他に説明のしようが無い。僕はそう結論づけた。

話も大分尽きてきて次は何の話をしようかと考えていたら、ドアをノックする小気味よい音が部屋に響いた。
「あっ、ハイ」
「オレだけど。入ってもいい?」
僕は「どうぞ」と言いながらドアを開けた。
「ありがと。ねぇ、2人に聞きたいんだけど、どうだった? 話してみて」
「楽しかった。正チャンの話、すごく面白かったよ」
「あ、有難うございます……」
そう言ってもらえると何だか照れる。
綱吉くんは僕にも同じ事を訊いた。
「正一くんは?」
「僕も楽しかったです」
「そっか、なら良かった。……2人共、また会いたいと思う?」
綱吉くんは急に真面目な表情になった。まるで病気を宣告する医師のような表情をしている。先の質問はただの前置きだった事を察した。
「勿論、会いたいよ。こんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない」
「僕も、また会いたい」
いつも独りでいる白蘭サンの話し相手になれるのなら、孤独を埋められるのなら、いつでも会いに来たいと僕は強く思った。僕らの返事を聞いた綱吉くんは安心したように笑った。
「会ったばっかりなのにすっかり仲良くなったみたいだね。ただ、残念だけど、今日はもう帰らないと」
お昼ご飯を一緒に食べてからね、と綱吉くんは笑って付け足した。
その後僕達は綱吉くんの護衛の人も交えて昼食を食べた。護衛の人は女の人で、クローム髑髏サンという人だった。幹部の人で、綱吉くんの守護者らしい。1時間くらいゆっくり喋りながらお昼を食べて、僕らは白蘭サンと別れた。
「正チャン、またね。気をつけて」
「はい! さようなら!」
白蘭サンは外に出てはいけないので、玄関で見送ってくれた。僕は白蘭サンをもっと自由にしてあげたいと、益々思った。

――僕に出来る事なら何でもしたい。

いつの間にか僕の中ではそんな思いが芽生えていた。

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初出:2010/8/8
修正:2012/2/28
(番外編を書くにあたって書き直し)
(本誌で未来の記憶があることが発覚する前に書いたお話)


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