捧げ物 | ナノ


花火 4
【大気&亜美】
「少し段差があるので足元気を付けてください」
「あ、はい」
大気は亜美の手をしっかりと握りながら、彼女に注意を促す。
もし仮に何かに躓いたとしても、すぐに抱き止めるので、絶対に怪我などさせるわけはないが念のためである。

少し歩くと醤油が火に炙られた香ばしい臭いが漂ってきた。
「ありましたね」
「はい」
亜美は無邪気に笑う。

「何本ですか〜?」
「亜美、一本食べられますか?」
大気が聞くと、亜美はふるふると頭をふる。
「じゃあ半分こしましょう。一本ください」
「はいは〜い。一本ですね〜。500円になりま〜す」

売り子が一本袋に入れて大気に手渡す。
「毎度どうもで〜す」
「ありがとうございます」
大気は礼を言い、亜美はペコリと頭を下げて屋台から離れる。

人ごみをさけて少し歩いて行くと、人気のないところでベンチを発見する。
大気がゴソゴソと懐からハンカチを出すとベンチに敷く。
「亜美はそこに座ってください」
「え?でも…」
「亜美の浴衣が汚れたら困るでしょう?ほら、ね?」
大気はそう言ってにっこりと笑う。
「…はい」
大気の笑顔には勝てず亜美は大人しくハンカチに座る。

大気は亜美の隣に腰掛けると、袋から焼きとうもろこしを出す。

「はい。あーん」
「えぇっ/// じ、自分で持てます///」
「浴衣汚したら困るでしょう?ほら、あーん?」
「うぅっ///」
亜美は恥ずかしいようで、うつむいてモジモジしている。

「食べないなら私が全部食べますよ?」
少し、意地悪をすると亜美は慌てたように顔を上げ大気を見つめる。
「いいんですか?」
亜美はふるふると頭をふって否定する。
「じゃあ、あーんして?」
「い、いただきますっ!あーん///」

かぷっととうもろこしにかぶりついた亜美はもぐもぐと咀嚼する。
そんな亜美を見つめ大気はふっと微笑む。
「おいしいですか?」
「はいっ///」
子どものように無邪気に笑う亜美。

「では私もいただきます」
と、言うと大気もとうもろこしにかぶりつく。

「どうですか?」
「おいしいです!実は焼いたとうもろこしは初めて食べました。
うん。これはゆがいたやつよりも好きです」
そう言って笑う大気を見て、亜美はクスクスと笑う。

「亜美?」
「あ、ごめんなさい。大気さん可愛いなって思って」
「それは亜美の方でしょう?焼きとうもろこしが好きだったなんて知りませんでした」
「だって、焼きとうもろこしってお祭りの時くらいしか食べられないんですよ?
すごくおいしそうなにおいもするから、つい買っちゃうんです///
だから、いつもそれだけでおなかいっぱいになっちゃうんです」
「なるほど。確かに亜美にこれ一本は多そうですね」
「はい…。でも今日は大気さんと半分ずつなんでがんばります」
そう言ってふわりと笑う亜美。

「っ!」
いきなりそんな可愛い事を言われた大気は、反射的に亜美を抱き締めそうになる──が、とうもろこしを手にしていることを思い出しやめておく。

二人で他愛ない会話をしながら焼きとうもろこしを食べ終える。

大気はキョロキョロと何かを探すが見当たらない。
亜美は大気の考えを察知したらしく、巾着からウェットティッシュを取り出す。

「ありがとうございます。準備いいですね」
「お祭りの時は何かと役に立つんです」
「なるほど。さて、どうしますか?他の屋台見て回りますか?」
「えっ…と、実はちょっと人の多さに酔ってしまって…。もう少しここで休んでてもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。じゃあ私は何か冷たいもの買ってきます。さっき飲み物の屋台もありましたから」
「え?そんなわざわざ…あたしが行きます」

「人に酔ったのにそんなところ行ったら意味ないでしょう?亜美はここでいい子にしててください。何がいいですか?」
「じゃあお茶をお願いしていいですか?」
「わかりました。ではちょっと行ってきますね」
「はい。行ってらっしゃい」

見送った大気はすぐに人波に消えてしまう。

亜美はさっきまで傍にいた大気がいなくなったことに寂しさを覚える。

(早く戻って来ないかな…)
巾着から、射的で大気に取ってもらったネコのぬいぐるみを取り出すと、手のひらにのせて感触を楽しむ。
(カワイイ)
ふわふわした手触りが楽しくて、亜美は微笑む。



──そこへ

「ねぇねぇかーのじょ♪ひとり?」
若い男の声が聞こえ、亜美はビクッとする。
そちらを見ると四人組の男性グループがこちらに近付いてきているところだった。

「うおっ!この子めっちゃくちゃ可愛い!」
「ちっちぇ〜っ!色白い!人形みてぇ」
「浴衣美少女はっけーん」
「いやぁ、こんなとこ人いないと思ってたからラッキー♪」

口々に言いながら近付いてくる男達に、亜美はベンチから立ち上がり後退る。

大気はいない。
みんなといる時なら、なんとかしてくれるまこともいない。

「そんなにビビんなくてもだーいじょぶだって」
「そそ。別にとって食おうってわけじゃないんだからさ?」
「ちょっとだけ俺らと遊んでくれればいーから」
「君、中学生?名前なんてゆーの?」

男達は口々に言いながら、亜美に近づいてくる。
「っ」
亜美は突然の出来事に声も出せずに怯える。

当然、あっと言う間に男達に囲まれる。
こんな暗がりで、自分よりもずっと背の高い知らない男達に囲まれて、怯えるなと言う方が無理な話だろう。
亜美は逃げ出すこともできない。

「間近でみるとマジですっげ可愛い」
「こんな所で一人でいないで俺達とどっか行こうよ?」
「君みたいな可愛い子にならなんでもおごっちゃうよ?」

(怖い…誰かたすけてっ!)
亜美の蒼い瞳が涙で潤む。

──ドッキーン

亜美の涙目に男四人は悩殺されそうになる。

「お前らあんまり怖がらせんなよ?可哀想に震えてるじゃん」
「涙目になっちゃってかーわいい」

(助けてっ…大気さん!)

「そんなに怖がらないでよ。ね?」
そう言って、男の一人が亜美の髪を撫でようと手を伸ばし、彼女の蒼い髪に触れる──瞬間

バシッ!

「ってぇ!」
男の手に何かが当たったらしく、亜美の髪に触れることはなかった。
「なんだっ!?」

──ポーン

男の手に当たったものは大きく跳ねる。

「スーパーボール?」
飛んできた方を見る男達。

パシッと、スーパーボールをキャッチした人影が見える。

「気安く声をかけるだけでも腹立たしいと言うのに」

その人影が静かな声音で話し始める。

「あぁ?だれだよお前?」
「彼女は俺達が先に声かけたんだぜ?」
「こんな可愛い子はなかなかいないから、こっちも今真剣なわけ?」
「邪魔すんじゃねぇよ」
相手が一人だとわかると、男達は一気に強気に出る。

そんな彼らを冷めた眼差しで見つめながらゆっくりと近付いてくるのは──

「ましてや、泣かせた挙げ句、馴れ馴れしく彼女に触ろうとするなんて……タダで済むと思わないでくださいね?」

静かな怒りのオーラをまとった──大気光。

「誰だてめぇ!」
男の一人が大気に怒鳴る。

「私ですか?私は──」
そう言いながら大気は耳につけたイヤーカフ──認識誤認装置──に触れる。

「大気さんっ!ダメっ!」
それを見た亜美が慌てる。

突然、さっきまで声も出せずにすくんでいた少女の大きな声に、男達は驚き反射的にそちらを見る。

そして、再び自分達の邪魔をした人物を見つめ──
「「「「っ!」」」」
息をのむ。

「嘘だろっ!?」
「スリーライツの」
「大気光!?」
「なんで芸能人がこんなとこにいんだよっ!」
口々に言い募る男達。

「私だって“彼女”と“花火デート”しますよ」
そう言いながら大気は素早く男達──では、なく彼らに囲まれた亜美──に近付く。

「すみません。まさかこんな事になるとは思っていなくて」
「っ///」
大気は男達を無視し、亜美をしっかりと抱きしめる。

「「「「マジかよ…」」」」
まさかのトップアイドル登場に加え、熱愛発覚の現場を目の当たりにした男達は唖然とする。

「なぁ、どーする?」
「どーもこーもねぇだろ…」
「まさか大気光の彼女かよ」
「そりゃ可愛いわけだよなぁ…」

「亜美に目をつけるのはなかなか見処はありますが……」
大気が亜美を泣かせた(正しくは涙目にした)ことを問い詰めようとする──が。

「へぇー、亜美ちゃんてゆーのか」
「あー、俺もこんな可愛い彼女欲しい!」
「そもそも、トップアイドルがこんなとこいてていいのかよ…」
「念願の浴衣美少女がぁっ!」
男達は口々に好き放題にしゃべっているため、なにがなんだか分からなくなっている。

「少しは私の話も聞いてください」
大気が“にっこり”と笑う。

「「「「ひぃっ!?」」」」
男達が大気をみて恐れる。

とても綺麗な笑顔だが、まとうオーラは恐ろしく黒い。
星野や夜天も恐れる『黒大気様の御光臨』である。

「亜美に声をかけるとは…みなさん見処はあります」
「「「「は、はいっ」」」」
大気のオーラにのまれた彼らは声を揃えて、反射的に返事をする。

「しかし、泣かせるのは許せません」
「「「「え、いや、泣いてない」」」」
彼らが見事にハモって言うが、もはや大気は聞いていない。

「ましてや、亜美に…私の亜美に気安く触れようとするなんて…万死に値します!」
「ひぃっ!」
「お前が馴れ馴れしくさわろうとするからだろっ!」
「ちがっ、いや、泣きそうだったから」
「確かにあれはすんげぇかわいかったよなぁ…」

「くっ…亜美に涙目で見つめられていいのは私だけです!」
「「「「すみませんでしたぁっ!」」」」
大気の気迫に、もはや謝るしかできない四人のナンパ男達。



──くいくい

「ん?」
大気は浴衣を引っ張られる感覚に気付き、そちらを見る。
「大気さん!大気さんっ」
亜美が大気の浴衣の袖をくいくいと引っ張っていた。

大気が来てくれたことに安心感を覚え、大気と男達のやりとりを呆然と眺めていた亜美だったが、話の流れでなんとなくこのまま放っておくのは良くない感じがしたので、とりあえず大気を止めようと試みたところだった。

「あの、もうそのへんでいいと思います」
「ですがっ!」
亜美が言うが、大気は納得いかない。

「彼らの誘いを断れなかったあたしにも責任はあります。だから、もう…やめてくださいっ」
亜美が涙目で大気にせがむ。
「っ!亜美っ!」
亜美の涙目に弱い大気は本能的に彼女を抱きしめる。
「分かりました。亜美がそこまで言うのなら今回はこれで良しとします。言いたいことは一通り言いましたし……」
多少、腑に落ちないが、亜美の涙目の懇願には敵わない。

「ただし、次はないと思ってください?」
しっかりそう釘を刺す。

大気と亜美のやりとりを見ていたナンパ男達は、驚いた表情を浮かべている。

「分かりましたか?」
大気が“にっこり”と笑い、そう聞くとハッと我に返った男達はこくこくと頷く。

「「「「はいっ!」」」」

「いい返事ですね。あぁ、それとここで私に会ったことは」
「「「「言いません!絶対に言いません!」」」」
「そうですか?ではそろそろお祭りに戻られてはいかがです?」

「あ、あぁ、おい!行こうぜ」
「「「おうっ」」」
男達はバタバタと屋台の通りへ戻って行く。





「大気光ってあんなヤツだったのか?」
「俺、人の笑顔があんなに怖いと思ったことねーよ!」
「“亜美ちゃん”がいたからだろ?」
「どーゆーコトだ?」
「それだけ彼女に惚れてるって事だろ?」
「あぁ、なるほど」
「芸能人も一人の人間なんだなぁ…」
「彼女のためにあそこまで必死になるんだもんなぁ」
「「「「あー、彼女欲しい」」」」
ナンパ男達は小声でそんな会話を
繰り広げていたとかいないとか。





さて、取り残された大気と亜美の二人には、なんとも言えない沈黙が流れる。

「亜美」
大気が静かに彼女の名前を呼び、そっと髪を撫でる。
「っ!」
「怖かったでしょう?すみません。迂闊に一人にしてしまって…」
大気が申し訳なさそうに謝る。
亜美はふるふると頭を横にふって否定する。
「違います!大気さんが謝ることじゃないんです!あたしがさっきみたいな事に慣れてないからビックリしちゃっただけなんです」
必死にそう言う亜美。
「…慣れられたら困ります」
大気がポツリとこぼす。

「え?」
「ナンパになんか、慣れてほしくないです」
「大気…さん?」
「亜美は私だけの“特別な女の子”です」
「大気さん///」
大気の言葉に亜美は頬を染める。

「亜美」
大気は亜美の頬に触れくちびるをなぞる。
「っ///」
大気がゆっくりと身を屈めると、亜美も少し背伸びをして、二人は触れるだけのくちづけを交わす。



「他の男に涙目攻撃は禁止ですよ?」
「別に攻撃なわけじゃ…」
「四人の男を一気に悩殺しておいてよく言いますね?」
「えぇっ!?」
「今夜はオシオキですからね?」
「なっ!」
「覚悟しておいてください?」
「〜っ///」

大気は亜美の耳元で低く囁くと、外していたイヤーカフを耳につける。



「はい、お茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
再びベンチに座った二人は喉を潤すためにお茶を飲む。

「そう言えば大気さん?」
「はい」
「スーパーボール持ってましたよね?」
「えぇ、これです」
懐からスーパーボールを出すと、亜美の手のひらにのせる。
少し大きめのスーパーボール。

「これ、どうしたんですか?」
「飲み物の屋台の横で浅沼さんと木野さんがスーパーボールすくい勝負をしてまして」
「はい?」
「四試合目でした」
「はい…」
「戦利品だそうですが、くださいました」
「はぁ…」
「役に立って良かったです」
そう言って楽しそうに笑う大気。



「そろそろ行きましょうか?」
時計を見ると七時半を過ぎている。
「あ、はい」
大気が差し出した手を亜美はそっと握ると、花火を見るために歩き出す。



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