【side夜天】
美奈が部屋に入ってすぐ玄関で鍵の開く音が聞こえて、水野が猫耳を外そうとする。
「水野、ダメだよ」
止めると、シュンとうなだれる。
ガチャリとドアが開く音がして、大気が入ってくる。
「お帰りなさい」
水野が猫耳尻尾スタイルで大気を出迎える。
「……………はい。ただいま」
水野を見つめる大気の驚いた表情は、予想以上だった。
大気と長年の付き合いである僕や星野でさえなかなかお目にかかれないほどに。
まぁ、大気の気持ちはわからなくもない。
それはそうだろう。
ちょっと買い物に行って戻ってみたら、自分の彼女に猫耳と尻尾が生えていたら僕だって驚く。
僕は見つめ合ったままの二人を見守る。
「…………亜美」
大気が水野を凝視したまま口を開いた。
もしかして大気ってば水野にばっかり意識いってて、僕の事見えてないんじゃないの?
「はい?」
水野は少し困ったような笑顔を浮かべて、首を傾げる。
「それ……どうしたんですか?」
「あ、実は…」
水野がチラッと僕の方に目線を配ると、大気がその視線につられてこっちを見た。
「夜天も帰ってたんですね。お帰りなさい。それで?亜美に何をしたんですか?」
大気が感情の読めない眼で僕に問いかける。
「ただいま。僕はなんにもしてないよ?」
「じゃあどうして亜美がこんな事になっているんですか!?」
大気がいきなり感情を爆発させた事に少し驚きつつも、僕は状況の説明をする。
「美奈が撮影で使ったやつを貰ってきたんだよ」
そう言いながら、ソファを指差す。
そこには様々な獣耳と尻尾があった。
「……は?」
大気が意味が分からないと言う顔で聞く。
「大気がコンビニに行ってる間に僕と美奈が帰ってきたら、みんなが集まってた。
それでせっかくだから大気を驚かせてやろうって星野と美奈が言い出して、面白そうだから乗ったんだよ」
「その張本人達はどこに?」
「美奈は僕の部屋」
「星野は?」
「ウサギセット持って月野と部屋」
「……」
大気が星野の部屋の方向を見て、僕の顔を見て、獣耳&尻尾を見てそれから猫耳おまけに尻尾つきの水野を見つめる。
「亜美」
「はい」
「“にゃあ”って鳴いてください」
あ、大気が壊れた。
「にゃ…“にゃあ”?」
水野が恥ずかしそうに首を傾げながら“鳴いた”。
うわぁ…っ!
今のは正直、僕でもドキッとした。
大気は水野を見つめたまま固まってる。
「大気?」
水野も心配そうに大気の名前を呼んでいる。
『反応がない。ただの屍のようだ』
なんて思ってる場合じゃない…
どうしようかな…
水野も助けを求めるような眼差しで僕を見つめてくる。
ちょっと待って…
せめて猫耳外してよ。
そんな捨て猫みたいな目で僕を見ないで…
大気は相変わらずフリーズしたままだし…どうしようかな…
──バンッ!
「お待たせーっ!」
なんて考えてたら、僕の部屋から勢いよくドアを開けて美奈が飛び出してきた。
「はっ!」
その音で我にかえったらしい大気。
「見て!この格好!夜天君!亜美ちゃん!」
美奈はトラ耳に加えて、尻尾がついていて、さらにトラ柄のビキニっぽいコスチュームに身を包んでいる。
「撮影の時に、せっかくだからっていろんな動物コスチュームしたんだけど、スタイリストさんは、このトラが一番似合うって言ってくれたのよ!」
確かに、美奈の綺麗な金の髪に、トラ柄はよく似合っていた。
ってゆーか…、初めは“なんだよこんなの”って思ってたけど……
これはいろんな意味でヤバい!
フリーズする大気の気持ちも分かる。
「あっ!大気さん!どう?亜美ちゃんめっちゃくちゃ可愛いでしょ〜?」
美奈がそう聞くと、大気はその場にいたみんなが度肝を抜かれるくらいに爽やかな笑顔を見せた。
それはもうすごい笑顔だった。
星野ザンネンだったね…
大気の少年スマイルなんて、驚いた顔よりもレアだよ。
「えぇ。ありがとうございます愛野さん。夜天」
え?僕も?
「美奈子ちゃん///」
水野は美奈の格好に驚いたようだ。
「ふっふっふー☆」
なぜかやたら嬉しそうに笑いながら、美奈は水野ににじり寄る。
「同じネコ科でも、トラさんガオガオな今のあたしがラブリーにゃんこな亜美ちゃんに負けるわけがないっ!」
まーたワケのわからないこと言い出した。
「そ・ん・な・わ・け・でっ!たぁっ!」
え?ちょっと美奈?
水野に何する気?
「きゃあっ!」
美奈に飛びかかられてソファに押し倒された水野が悲鳴をあげる。
「亜美!?」
大気も美奈の行動に驚き、とっさに動けなかったみたいだ。
「お着替えしよっか?」
水野を押し倒しそんな怪しい台詞を口にする美奈に…
「えっ?」
「「は?」」
水野も僕らも目が点になった。
「大気さん!」
「はいっ!」
もうさ…なんなのこの二人。
この状況にやたらノリノリじゃない?
「もっと可愛い亜美ちゃん見たくにゃい?」
その語尾ちょっと待ったぁっ!
可愛いけど、まったくトラっぽくないよ?
「見たいです!」
返事はやっ!
「ですよねぇ?さ?亜美ちゃん?大気さんもこう言ってる事だし?観念しよっか?」
水野は涙目でいやいやと首を横に振る。
あー、ちょっと可哀想だけど…こうなったらもう無理だね…
「亜美?着替えておいで?ね?」
大気なんか変なスイッチ入ったっぽいなぁ…
いや、水野…気持ちは分かるけどさぁ…
だからそんな捨て猫みたいな目で僕に助けを求めないでよ。
「さぁこいっ!」
「いーやーっ!」
ぐいぐい水野を引っ張る美奈。
必死に抵抗する水野。
まさに猫を補食しようとする虎の構図。
「愛野さん、あまり亜美を苛めないでください。それは私の特権です」
おーい、大気?
戻ってこーい。
「亜美、ここで無理矢理脱がされるか、大人しく愛野さんについていくか、どっちにしますか?」
うっわぁ…大気って水野の前だとこんな風になるんだ。
あぁ、水野泣きそうになってる…
もう、これなんのプレイなのさ?
しょーがないなぁ…。
「美奈、大気。もうそのへんにしときなよ?水野泣きそうだよ?」
二人は僕の顔を見て、再び水野を見る。
その時、水野の瞳から透明な滴が溢れる。
あ、泣いちゃった。
「亜美!?」
「亜美ちゃん!」
「っ……ーっ」
「二人が悪い。はい、謝る!」
「「ごめんなさい」」
二人ともさすがに素直だ。
水野の涙ってすごい威力だな。
やっぱり水の戦士だからかな?
いや、なんかあんまり関係なさそうだな。
「ちがっ、ごめん、なさい。ビックリしちゃっ…て」
そりゃあ、彼氏と親友からいきなりあんな事されたら水野じゃなくてもビックリするよ。
「亜美、すみません」
大気がなだめるように、よしよしと水野の頭を撫でる。
「大気…さん?」
涙を服の裾でぐしぐしぬぐいながら、上目遣いで大気を見上げる。
あー、これは…大気おちたな。
まぁ、がんばれ水野。
無自覚の誘惑ってやつ?
僕が美奈に、今水野がやった事されたら、押し倒してるからね。
さて、僕はトラさんをおいしくいただくことにしようかな。
「大気、健闘を祈るよ。行くよ美奈」
「え?でも」
「いいから、ほら」
「夜天」
「なに?」
「これ、良かったら愛野さんとどうぞ」
コンビニ袋のひとつを渡される。
「何これ?」
「くんくん。あっ!からあげくんの匂い!いいの?大気さん」
「星野と月野さんに頼まれたんですが、終わる頃には冷たくなってしまっているでしょう?なのであったかいうちにお二人でどうぞ」
さらっとすごい事言ったよ大気。
「わーい♪ありがとうございますっ☆」
美奈がそれを受けとる。
「そっちのは?」
もうひとつの袋を指差して聞くと、大気は冷蔵庫に持って行く。
「頼まれたロールケーキです。この流れだと今夜はみなさん泊まりになるでしょうから、デザートにしましょう」
大気はパタンと冷蔵庫を閉める。
うん。まぁ、そうなるだろうね。
「それじゃ、夜天に愛野さん。また後ほど」
そう言うと、大気は水野をひょいと片手で抱き上げ部屋に消えた。
「僕らも部屋行こ?」
「うんっ☆」
目次
Top
[*prev] [next#]