自覚、そして

「優しいのね」

そうあなたが言ったから、僕は優しくなるんです。
優しい声、柔らかな笑顔、温かい掌。それらがあるから、僕は精一杯優しくなろうとするのです。

「優しいな」

君がそういうから、僕は世話を焼くんです。
ありがとうの一言、必要としてくれる手。それらが欲しいから、僕はいつも目を光らせているのです。
そうすれば、みんな僕を傍に置いてくれるでしょう?
いていいよ、と、言葉には出さないけれど、心の中で許してくれるでしょう?みんなが笑いあうその温かい陽だまりに影を落とせるのでしょう?
誰もいない小さい小部屋に入ればいつだって、僕は隅で震えている。
カタカタガタガタ。
一人でいるのをいいことに、それはもう盛大に。
一人は怖い。
寒いし暗いし寂しいし、動けなくなりそうになる。
今こうしている間にも、どこかで自分は嫌われて、蔑まれているのではないか。
私の大好きなあの子が、誰かに盗られているのではないか。
自分以外の全てのものが妬ましい、ああ妬ましい。
こんなの誰にも見せられない、だから僕は必死で仮面を作る。
接する人一人一人に合った仮面を。好みに合わせた仮面を。
作っては壊し、作っては壊し、納得するまで作り変えて。愛してもらえるように、笑ってもらえるように。愛してほしい、笑顔を見せてほしい。それ以外はいらない。
ぎちぎちと締め付けてくる痛みに涙を流しながら笑う。
だって一人は怖いから。こんな仮面よりもずっと痛いから。
バリバリバリッ
今日も剥がす。
仮面は少しずつ肌と同化してきて、剥がすたびに血が流れた。日々その血の量は増えて、瘡蓋が固まる暇もなくて、膿が溜まって歪になって、それでも
痛くない。
痛くない。
痛くなんかない。
でも、痛い。
澄んだ水と赤が顔の表面でまじりあう。
痛いよ、痛い、痛い。
自覚すればじんじんと痛みが目立ってくる。綺麗な水がこんなにも沁みる。
清水と塩水が顔の表面で交じり合う。

「優しくない、僕は……」

臆病なだけ、痛いことが嫌なだけ。
疑心暗鬼で人を傷つけて、そこからも逃げて、行き止まり。
膝を抱えてうずくまって、膝の布地に血を吸わせながら泣いた。
赤を吸って、布がどんどん汚くなった。
時々漏れる嗚咽が段々抑えきれなくなって、ついにわんわん高らかに声をあげれば扉が叩かれる。
静かにしろと、抑え込もうとする声が飛んでくる。
煩い、煩い、耳をふさぎたくても体を抱えているから出来ない。
やめてくれ、これ以上はやめてくれ。
僕が壊れてしまう、僕でなくなってしまう。
足の先から粉々に砕け散って、ただの価値のないガラクタになってしまう。
ああいやだ、それはいやだ。そんな寂しいのはいやだ。

「助けて……」

小さく呟いたのは、随分と幼い僕だった。
情けない、か細く嗚咽にまぎれた声が部屋の隅にぽろぽろと落ちる。そして溜まる。溜まった言葉の中に、埋もれる。

「助けてあげる」

聞こえてきた声が誰だかはわからない。
だがそれは優しくて、そしてほんの少し悲しい声をしていた。
顔をあげて声の主を見ようとすると、その手の中には何かがいっぱいに抱えられていて見ることが出来ない。
何か、ああ、それは何かなんかじゃない。
よく知っている。それは僕が捨てていった、

「今返してあげる」

ボロボロと頭上から落ちてくるのは、赤くなった仮面の欠片。
欠片が集まりあって、仮面が一枚一枚顔に戻っていく。
僕はこの状況に驚愕していた。
その数は今日剥がした分だけじゃない、今までの分全てだ。一枚、十枚、百枚、千枚、とにかくたくさん。膨大な数、それが今ここに。

「これは一枚一枚、貴方の痛みで出来ている」

声が言った、女の人の声だ。
目の前に影が出来てくる、影が出来れば実体が勿論できる。
ペタペタと頬に触れてくる指先が涙を吸い取っていった。

「痛みを知れば、本当の『優しい』人になれるでしょう?」

そして彼女は消えていった。跡形も残さず綺麗さっぱり。
夢だ、そう思うのが一番楽だ。
実際剥がした仮面が心の内から消えているが、その点はもう無視することにした。
何枚も重なった、仮面。
僕の痛みの証、『優しさ』への足掛かり。

「痛いよ」

暗い部屋の中で、僕は一人呟いた。

「自覚、そして」
(それで強くなれるというのなら)



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