君がため 前


五大貴族の間では、最高位の貴族であるという名誉とその系譜を守る為に政略婚が多々繰り返されている。それは朽木と四楓院も例外ではなく、お互いの当主及び嫡子、その兄弟で立場や年の見合う者がいれば、幼い頃より許嫁になるのが通例であった。
幸いにして朽木紫苑として生を受けた雲雀がそれに悩まされなかったのは、生まれて暫く年の近い娘が他家にいなければ、雲雀が側室の子であるが故にすぐさま後継には選ばれなかったからである。
たとえ許嫁を与えられたとて雲雀は意にも介さないが、そうなれば朽木の古い使用人たちがあれこれと口を出して雲雀の逆鱗に触れることは想像に難くないので、朽木家としては逆によかったのだろう。
しかも、雲雀の絶対無二の存在たる《沢田綱吉》は、面倒な事情を抱えながらも同じく最高位の貴族の妾腹として生まれ、婚約に至ることさえ叶った。男ながら姫として育まねばならぬことに頭を悩ませていた四楓院当主は、紫苑がすべて了解した上で息子を貰い受けてくれたことをおおいに喜び、真実を知らぬ朽木家は紫苑の優秀な血を残せると喜んだ。
しかし、問題はそれから200年あまりの後、突然勃発する。

朽木紫苑には年の離れた腹違いの弟がいた。朽木蒼純、若くして朽木家の正当後継者に据えられた青年である。しかしながら、蒼純にも義兄同様に許嫁はおらず、それは繁栄を望む朽木家の悩みの種であった。
そんな計略など露知らず、蒼純はうら若い青年であったので、政略ではなく自ら選んだ美しい女性と結ばれたいと考えていた。であるからして、いっそ冷淡にも見える義兄の心を射止めた四楓院の姫君が、どれほどの器量であるのか、興味深く思っていた。
そんな時、朽木の遣いとして、蒼純は四楓院家を訪ねることとなった。義兄弟に当たるということもあれば、互いの若い後継者をお披露目する意味もあったのだろう。引き合わされる形で、蒼純の望みは叶った。そして、ひいづるの持つ柔和な美しさを見て、あの義兄が入れ揚げるのも無理はないと、帰宅してからも思わず使用人たちに零すほど、蒼純も魅了されてしまっていた。

「まったく美しい方だった。妾腹の、異端の姫君と言うが、どんなにか尊いお生まれの方でも、あの儚い風情はお持ちになれないだろう。貴族の姫というのは気の強いものだとばかり思っていたのに、あの方はまるで凪いでいらっしゃる。うっかり、兄上の許嫁でさえなければ、と思ってしまったよ。」

最も、蒼純がひいづるに抱いたのは切ない恋慕ではなく、限りない敬愛であった。ひいづるは美しい姫君であったが、まず義兄の妻となる人であり、何より蒼純には人知れず想う女性が既にあった。あの義兄によく添えるものだと尊敬こそすれ、ひいづるを妻に、などと微塵も考えていなかった。
しかし、それを聞いた使用人たちは、蒼純の冗談めかした言葉を、それこそうっかり本気にしてしまった。

「紫苑さまは確かに朽木家にとって重要な方だが、所詮は妾腹。当主となられる蒼純さまとは比べるべくもない。旦那さまに申し上げるべきだ」
「しかし、紫苑さまがどう仰るか……果たして素直にひいづるさまを離してくださるか」
「ならば、四楓院家から提案するように、取り計らっていただこう。なあに、四楓院家にとっても、朽木家の当主と結ばれるのは悪い話ではないのだ」

話を聞いた銀嶺は、すぐさま四楓院家へと、紫苑とひいづるの婚約を解消し、蒼純と婚約させたいという文を遣わせた。使用人たちの考えは、紫苑がひいづるを望んでこの方、銀嶺自身もずっと考えていたことだったのだ。紫苑とひいづるよりも、蒼純とひいづるの方が年は遥かに近く、夫婦としての身分も釣り合う。長年誰にも心を許さなかった息子が、唯一欲しがった相手を取り上げることに抵抗がなかった訳ではないが、老いてから授かった蒼純は銀嶺にとって一際可愛く、当主となる重圧もある。紫苑を受け入れたひいづるならば、蒼純をしっかりと支えてくれるだろう。四楓院家も、朽木家当主の正室に望まれたのだから、紫苑との婚約を破棄しても損はない。
しかしながら、文を受けた四楓院家当主は困惑した。蒼純とひいづるの対面に彼は同席していたが、そんな恋慕の情など、彼は全く以て感じていなかったからだ。寧ろ、お互いに紫苑の話ばかりしているのを、穏やかな気持ちで見守っていたのだ(正しくは蒼純が紫苑に対して持っていた恐怖をひいづるが熱く語って壊していたのだが、彼にとっては兄弟自慢と惚気でしかなかった)。
それに、ひいづるは、とてもではないが名家の、それも五大貴族の正室などには差し出せない身だ。嫁いでも後継が望めないからだ、男であるがゆえに。妾腹で血を残す義務がなく、口が堅いどころかひいづるや親しい相手以外には殆ど口を開くことのない紫苑だったからこそ、ひいづるを託せたのである。
この文に応えることは、紫苑の誠実を裏切ることだ。だが、応えなければ、朽木家は何故こんな良縁を断るのかと勘繰るだろう。そしてひいづるの秘密が暴かれれば、苦しめられるのはひいづるばかりではない。
どうすればいいのか――彼は文机の上の真っ新な紙の前で唸りながら、差し障りない断り文句とそれとない言い訳を書き連ねてはグシャグシャに丸め、書き連ねてはグシャグシャに丸めを繰り返した。しかしながら、解決策は一向に思い付かない。諦めて、山となってしまった紙を見やり、片付けるかと手を伸ばした、その時だった。ふとした拍子に山が崩れたのを見て、彼は再び文机に向かった。

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