オレの或る不幸で幸せな日のこと 前


殴られたお腹がじくじくと痛むのに、綱吉は眉を顰めた。今日やたら運が悪かったのは認めよう。しかし、己はお天道様に顔向けできないようなことを働くどころかまず度胸さえ持ち合わせていない、マフィア予備軍とは言え善良な小市民であって。兎にも角にも綱吉が見知らぬ外国人の男達に拘束されていながらも申し上げたかったのは、「神様オレ何か悪いことしましたかいやしてませんよね」という切なる思いの丈だったのだが、生憎それを言語的な意味で理解してくれる人間は、先述した状況により存在しなかった。
綱吉の頭上で、聞き覚えのない言語がキャッチボールされる。この男達が、何を思ってひとり下校していた綱吉を拉致監禁しているのかは分かりかねたが、恐らくマフィア関連なのだろう。綱吉の(並盛の戸籍上における)義兄である雲雀関連もやや疑わしいが、実際に表立って関係しているのは姉の奈都菜だ。綱吉は、雲雀と己の家庭教師を思い浮かべた。彼女が傷つく可能性を、雲雀がそのままにしておくとは思えないが、リボーンならオレのボス修行と嘯いて平気で放置する。絶対そうする。
男達が、何事か話しながら懐から拳銃を取り出すのを見ながら、綱吉は内心でしくしくと泣いた。生憎なことに、家にグローブやら小言弾やらを一式置いてきていた今の綱吉は、抵抗する術を何一つ持っていない。拳で戦うことがばれているのか、両手も一際厳重に縛られている。今から殺されるのだとしたら絶望的である。
綱吉がびくびくしながら伺っていると、男のひとりが携帯を取り出して、電話をかけ出した。ワンコールもせずに相手が出たらしい、男がにやにやと嘲笑いながら、やはり聞き慣れない言語で会話するのを身動ぎひとつ出来ずに聞いていると、突然男が綱吉に向かってきた。綱吉が身構えるのに、通話中の携帯が目の前に突き付けられた。…話せ、ということだろうか。

「もしもし?」

恐る恐る声を出すと、電話の向こうから鼻で笑われた。腹立つ。

『ダメだダメだっつってたが、ここまでダメ弟子とは思ってなかったぞ。』
「…しょうがないだろ。拐われる予定なんて入ってなかったんだから。」

けれど、いつもと変わらない調子の家庭教師に、同じくらい安堵したのも確かで、綱吉は表情を崩した。リボーンが、向こうでにやりと笑う気配がする。

『まあいい、後でねっちょりだからな。それよりツナ、ちょっと伏せてろ。』
「は?」
『いやな、そこの奴らがさっきお前の身代金を家に要求してきたんだがな?当然その場にはオメーを心配するママンとナツがいた訳だ。』
「…まさか、」

言わんとするところが分かって、綱吉は口の端を引き攣らせた。この町は、実質的に雲雀のものだ。不祥事があれば彼自ら鉄槌を下す並盛では、雲雀こそが秩序で、神だ。そしてその雲雀の愛したひとは綱吉の姉で、彼女の憂いなら尚更、雲雀は自身の手でけじめを付けたがるだろう、絶対に。
それは綱吉にしてみれば有り難いことであるに違いないが、しかし、これからここが一瞬にして戦場になると思うと気色ばんでしまう。戦闘中の雲雀は、容赦がない。
ぶるりと一震えした綱吉をリボーンが笑った。

『安心しろ、今回はストッパー付きだ。』

その言葉と同時に、何かが破壊される爆音が響いて、飛び込んできたひとつの影が二人の男を襲う。ストッパーって何だよ、という綱吉の疑問は、離された携帯と、米神に当てられた拳銃と鬼気迫る様子で捲し立ててくる男による恐怖に打ち消された。
けれど、殺されるかもしれない現状より、彼による被害の方がぞっとする辺り、慣れが一番恐ろしいような気がして、綱吉は遠い目になる。平凡なダメダメライフが恋しい。

「ねえ、」

影が、涼やかな少年の声を発した。綱吉は、昏倒しているらしい二人の男の首根っこを引き摺りながら優雅に笑むその影の姿をしっかりと確認して、前言撤回することを即決した。

「随分愉しそうなことをしてくれてるね?」

やっぱりこのひとが一番怖い。
椅子に縛り付けられた綱吉を視界に認めてくつりと歪められた、その唇の酷薄さに青褪めずにいられるのは、たぶん片割れぐらいなものだろう。雲雀の喧嘩を見ても戦いを見ても怯えひとつしない彼女は、我が姉ながら肝が据わりすぎだと思う。

「ひ、雲雀さん…。」
「やあ小動物、元気そうで何よりだよ。」
「…これが元気そうに見えますか?」

引き摺っていた男達を軽く棄てた雲雀が、トンファーを構えるのを見て、男は何事かを叫びながら綱吉の米神に更に銃を強く突き付けて来た。「これ以上近付いたら殺すぞ」とかそんなんだろうか、と幾分か開き直った綱吉は思った。
殺されるかもしれない、という恐怖は、雲雀が来てくれた時点ですっかりなくなっている。花開いた超直感ゆえではなく、綱吉にとって、恐怖の風紀委員長はヒーローでもあるからだ。悪も弱きも一纏めに咬み殺してしまうのが玉に瑕ではあるが、滅法強いのを、綱吉はよくよく知っている。
男に拳銃で牽制されながらも、雲雀は至極愉快そうだ。

「それだけ口が回れば充分でしょ。」
「ですねえ、っと!」
「…え?」

それに同意した軽やかな少女の声に、そんな綱吉の余裕は、すぐに驚愕に変わってしまったが。
綱吉の横顔を突風が走ったと思えば、真横にあった筈の拳銃と、それを持っていた男が吹っ飛んでいく。

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