オレの片割れの恋愛事情のこと 後


その一方で。

「大方、赤ん坊の差し金かな?」
「でしょうね。この店、リボーンが教えてくれましたから。」
「僕を謀ったの?」
「まさか。行きたいと思ったのは本当ですもん。」

クラシック音楽の流れる店内。怯える店長によって丁重に丁重に運ばれてきた珈琲を飲みながら、外の気配に思案する恭弥にあっさりと真実を話し、色とりどりのケーキやマカロンに舌鼓を打つ奈都菜は幸せそうに笑った。リボーンが薦めてきた店だけあって、味も見た目も素晴らしいの一言に尽きる。
恭弥が呆れたように溜め息を零した。

「僕は、きみとデートの為に仕事を片付けたのであって、忠犬や野球馬鹿と顔を合わせる為に来たんじゃないんだけど。」
「だから、デートじゃないですか。はいあーん。」
「全く…。」

控えめな甘さのチョコレートケーキをフォークで刺して、口に運んでやると素直に咀嚼した辺り、多分口振りほど気にしていないだろう。薫り立つ珈琲も舌の肥えた彼のお気に召したようだし。しかし、と先程の台詞を反芻して、奈都菜は拗ねたように唇を尖らせた。

「ていうか、恭弥さん、相変わらずツナは構わないんですね。」

奈都菜の片割れであり、前世の姿である綱吉。彼を何かと気にかけてくれているのは、恭弥がそれだけ《沢田綱吉》を愛してくれていたということに他ならないが、奈都菜としては少しばかり気にくわない。フォークを咥えながら嫌味っぽく見つめると、「行儀が悪いよ」と笑われる。

「馬鹿な子だね、自分に焼き餅なんか妬いちゃって。」
「面白くありませんもん。」
「僕が抱き締めたいのもキスしたいのもきみだけなのに?」
「…、あなた、狡いひとになりましたよね。」
「きみはますます可愛くなったよね。」

口先で丸め込まれて甘やかされて、頬を赤くする己は我ながら単純だと思う。けれど、いつもは鋭く光る切れ長の黒曜石の瞳が、柔らかに細められて、奈都菜だけだと雄弁に語るので、恭弥を愛してやまない己は白旗を振るしかない。

「だって、あなたのなかにいるのはオレだけがいいんです。オレだけ見ててほしい。…駄目ですか?」

それが悔しくて、意趣返しのつもりでじっと見つめると、恭弥は浮かべていた笑みを深くした。綱吉を可愛く思っているとはいえ、彼のベクトルの全ては奈都菜に向かっている。その彼女にそんな可愛らしいことを言われて、恭弥が否定する筈がない。

「いや、凄く嬉しいよ。今すぐキスしてしまいたいぐらいだ。」

すこぶる上機嫌になった彼が、店長を呼びつけてテーブル上に広がった菓子のテイクアウトを申し付けた。外出デートからお家デート(in沢田家。雲雀家は不都合が多い為)へ変更したのだ。恭弥も奈都菜も、無防備な恋人の姿を他人に見せるつもりは爪の先程もないから。
スタッフ総動員で直角に御辞儀され店を出て、ふたり沢田家に向かおうとして、無害だしと放置していた彼らを思い出した。振り返り、店の陰に声をかける。

「あ、ツナに獄寺くんに山本。オレたち今から家行くから、もうこそこそしなくていいよー。」


◆◆◆◆◆◆◆


奈都菜の言葉を聞いた綱吉は顔を真っ青にした。しっかりちゃっかりバレていた。いやまあ誤魔化せるとは正直思っていなかったが、いつもと変わらない声音が逆に恐ろしくて素直に出て行けない。どうしよう、と二人を見るが、似たり寄ったりの顔色をしていて、何が解決するわけでもなく。
ままよ!と綱吉は足を踏み出し、ほぼ同時に雲雀と奈都菜に向かって土下座した。

「すいませんでしたあああ!!!」
「じゅっ十代目!?」

獄寺の動揺する声が聞こえるがそれどころではない。ただでさえ罪悪感で潰されそうになっていたのに、相手から指摘されるなんて、リボーンの差し金とはいえ気まずすぎる。奈都菜に怒られたり雲雀に咬み殺されるのは避けられなくても、せめてその前に謝りたい。憧れのひとに嫌われるのは、悲しい。
身動ぎも出来ずにいると、「顔上げな」と頭を撫でられた。雲雀の手だ、と気づいて顔を上げた瞬間、脇に手を差し込まれ立ち上がらせられる。

「別に、謝らなくていいよ。どうせ赤ん坊が指示したんだろうし、何よりきみのお陰で可愛いこの子が見れたからね。」

どこか愉しげな雲雀の隣で、奈都菜がはにかむ。怒りの表情からはほど遠いそれに綱吉は安堵した。
が、続けられた言葉に、再び身体を硬直させた。

「それにしても、いいね。こういうのを両手に花って言うのかな。」
「きょ、う、や、さん?」
「僕の花はきみだけだよ?」
「…本当に狡いひと。」

奈都菜の目が心なしか険を帯びたのにビクビクしていると、雲雀が悪戯っぽく笑いながら綱吉を解放する。獄寺が唸り、山本が爽やかに笑うなか、いちゃつき出した片割れとその恋人の様子に、勘は冴えなくとも空気は読める綱吉は何となく事態を察した。

「…オレ達、リボーンだけじゃなく雲雀さんにも弄ばれてる?」

正しくは、綱吉を構えば癒されるし奈都菜の焼き餅を見れて一石二鳥、という雲雀に奈都菜が分かっていながら付き合っているだけなのだが、真実を知るのは生憎その二人しかいなかったのだった。




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