僕ときみのお家騒動のこと X 恭弥を射殺さんとばかりに睨め付ける男の後ろでは、懐かしい好好爺とした顔が苦笑していて、それに気づいた恭弥は頭を下げ礼を取った。 『お招き頂き感謝致します。お初にお目にかかります、風紀財団代表、雲雀恭弥と申します。』 流暢に発せられたイタリア語に、怒り心頭だった家光が拍子抜ける。九代目は一瞬瞠目したが、無表情の彼を見、どこか誇らしげな様子で寄り添う奈都菜を見て微笑した。 『ようこそ、風紀財団代表殿ーー』そして柔らかく微笑んだ。 「私がボンゴレ九代目です。日本語にして貰って構いませんよ。日本語の方が、外部に聞かれる心配もないでしょう。さあどうぞお腰掛け下さい。」 驚愕と感嘆を込めた九代目の言葉に、家光が慌てる。 「九代目、こんなガキに敬語を使うことは…!」 「家光。雲雀くんは風紀財団という、マフィアで言えばファミリーのトップだ。彼と私は対等なのだから、その彼が礼を尽くしてくれているのに、私が怠る訳にはいかんだろう?」 「ですが…。」 男からしてみれば、恭弥は未成年の愛娘を知らぬ間にかっさらっていた馬の骨でしかなく、どうしても穿った目で見てしまうのだろう。話題の恭弥は飄々としたもので、素知らぬ顔で奈都菜をエスコートした。流石腐ってもボンゴレ(二回目)、応接間のソファやテーブル、果てはシャンデリアまで明らかに上物だ。肌触りのよい滑らかなソファに腰掛けた奈都菜が、飾られた硝子細工にうわあ、と感嘆の声を上げる。 「恭弥さん、あれ凄く綺麗ですね!」 「そう?今夜のきみの方が凄く凄く綺麗だと思うけど。」 「やだもう、冗談ばっかりなんだから。恭弥さんの方がずっとずっとずっーと綺麗です!」 けれども、恭弥と奈都菜の企みである“どうせなら外堀から埋めてしまえinボンゴレ”は言わずもがな進行中であるので、お互いにわざと歯の浮くような睦言を吐き、過剰なまでに身体を絡ませる。 それに九代目がひとつ咳払いをしたのに、奈都菜が反射的に反応した。傍らで硬直している父に見せつけるのはやぶさかではないが、流石に祖父とも慕ったひとには羞恥心が芽生えたらしい。 「し、失礼しました…!」 「いやいや、夫婦が仲睦まじいのはよいことだ。しかし、是非きみ自身からも自己紹介を聞いておきたいと思ってね。」 その言葉の真意を汲み取って、奈都菜が微笑み、清楚にお辞儀する。 「遅れ馳せながら…雲雀奈都菜と申します。日本国籍ではまだ沢田姓ですが。」 「では、奈都菜ちゃんと呼ばせてくれるかい?家光からよくきみの話を聞いたものだ…それはそれは愛らしく賢い自慢の娘だと。」 「そんな大袈裟な、父親の欲目でしょう。」 「謙遜しなくとも。聞きしに勝ると言ってもいいほどだ。」 遠く離れていた孫娘を慈しむような眼差しは、どこまでも優しい。隣でそれを伺っていた恭弥は、九代目が己と奈都菜の関係を認めているかのような言動をするのに、少しばかり驚いていた。彼女もまた、ブラッド・オブ・ボンゴレを受け継ぐ数少ないひとりで、悪く言えば幾らでも利用価値がある。それに気づかないひとではないだろうに。 恭弥の視線に気づいたらしい老人がこちらを見た。和ませた目許が、どこか切なげに見える。 「本当に、素晴らしい目を持っていると思う。…さて、もう夜も遅い。雲雀くんと奈都菜ちゃんに客室を用意してあるから、今夜はそちらでゆっくりお休み下さい。」 けれどそれは一瞬で、真っ白になっている家光に構わず、九代目がにこやかに休息を勧めてくる。わざわざこちらから話すこともないだろうと、その言葉に甘え、ふたりは応接間を辞した。客室への案内は九代目の守護者だという男だったのだが、何故かやたらと丁重に扱われて、奈都菜は恐縮しきりだった。 その理由は、翌朝になって知ったのだが。 [*前] | [目次] | [次#] |