僕ときみのお家騒動のこと W


相変わらず鈍いと思う。それに救われてきた部分も多々あるが、それでもこの鈍さは罪と呼んでもよさそうだ。
彼らにしてみればプリーモに似た面差しもあるだろうが、奈都菜は恭弥の欲目を差し引いても可憐な少女だ。異国混じりの血がそうさせるのか、白磁の肌に猫っ毛の髪は甘い胡桃色で、醸し出される儚げな風情は人の庇護欲をそそるのだ。あの黒服達もそれに誘惑されたのだろう、こちらを見る目はやたら温かった。超直感もこの上なく発達して、気配にも敏いのだから、そろそろ自覚してくれてもいいだろうに。
幸か不幸か、綱吉に“似た者カップル”と称されているのを恭弥は知らなかった。

「…気の所為でしょ。それより奈都菜、しっかり寝ておきなよ。あっちに着いたら忙しくなるだろうから。」
「ふわあ…そうですね。ね、恭弥さん、手を繋いでもいいですか?」
「構わないけど?」
「やった!それじゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみ。」

食欲が満たされた為か、苦手な早起きをしたからか。瞑目してすぐにすうすうと息を立て始めた彼女の、華奢な左手を少し見つめてから、彼もまた目を閉じた。木の葉一枚落ちた音で目覚めてしまうほど浅かった眠りは、奈都菜がいると随分違う。警戒を怠っている訳ではない。ただ、ひとりの時には耳障りにも鳴り続けていた孤高が、彼女の息遣い、気配、存在にひたひたと満たされて、彼は静寂を取り戻すことができる。だから、奈都菜の傍でなら眠れる。
つまりボンゴレと沢田家光が奪おうとしているのは、形こそ沢田奈都菜であるが、実のところ雲雀恭弥の安寧そのものなのだ。それを彼らは知る由もないだろうが。
今なお瞼の裏に住まう、屈託なく笑う少年。恭弥の愛した地の平穏を愛していた。祈る拳と称された彼の背中を痛々しく思うようになったのは、彼に愛されていると気づいた頃。継承の前に何度も自由を示されたのに、譲らなかったのは己だった。きみが愛ゆえに遠ざけるならば、僕は愛ゆえに留まろう。誓約はボンゴレではなくただひとりに。捧ぐのも尽くすのも、死に際に初めて抱き締めたこの温もりだけに。
「恭弥さん、」嬉しいね、僕の為にも泣いてくれるの?でもごめん、もうそれを拭ってやれる腕もないんだ。「恭弥さん、」きみがやっと名前を呼んでくれたのに。
揺さぶられる感覚に、ゆるり目を開く。

「恭弥さん、おはようございます。」
「…つなよし?」
「綱吉ですけど、今は奈都菜ですね、寝坊助さん。」

「可愛い」と小さく呟いた少女はあの日と違い笑っていた。夢だったか、一人ごちて目を擦る。窓から見える景色はすっかり暗くなっているのに、到着したのが分かった。

「荷物は全部運んで貰ってるらしいんで、あとは恭弥さんが降りるだけです。」
「そう。…それじゃ、本番と行こうか?奥さん。」
「はい、旦那さん。」

戯れるように腕を絡ませて、同じく用意されていたリムジンに乗せられて暫く。辿り着いた懐かしき古城に、恭弥は少しばかり眉を寄せた。正直あんなもの群れごとぶっ壊してやりたい、というのが本音だ。
絡められた奈都菜の腕が、察したように恭弥の腕を締め付ける。それに頭を撫でて応え、これからのことに頭を切り換えた。これはいずれ綱吉のものになるのだし、彼が望んだ時にでもそれは遅くないだろうと。
それよりも今は、通された応接間、目の前で仁王立ちしている沢田家光だ。

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