恋すてふ 後


雲雀はいつも彼女を護廷に伴って来る。いずれ死神になる可能性が高いとは言え、一般人を護廷に連れ込むのは如何なものかと誰もが思わなくはなかったのだが、彼女は特別も特別だった。まず、小柄な身体には似合わぬ巨大な霊圧。未だ底知れないうえ、既にそこらの席官では及ばないそれに、少女の身を案じた雲雀が願い出たのだ。曰く、「あの子に力はあっても、まだそれを使いこなせない。でも他の誰に任せても不安、だから僕が守る」。
そして、彼女は唯一、そんな唯我独尊で自由奔放な男を手なずけられる貴重な存在だった。だから、どちらかと言うとそちらに多大な期待と微かな希望を抱いて、喧嘩っ早い雲雀によく挑まれるのに頭を悩ませていた総隊長が許可したのだった。
まあ群れが嫌いな雲雀らしく、人気のあまりない時間帯に出廷して退出するので、彼が頭を張る十一番隊隊員以外は知らずとも無理はないのだが。

「それで、何だったの、きみの用事って。」
「気になります?」
「気になるよ。大事なひいづるのことは全部知っていたいからね。」
「もう、雲雀さんたら…。」

恥ずかしげに頬を染めた可憐な少女ーーひいづるに、真剣な顔で独占欲を露にする友人。こちらが恥ずかしくなるぐらいの甘い甘い恋人達のやり取りに、藤代達も困惑している。それを見兼ねた卯ノ花が手招くと、助かったとばかりに駆けてくるのに、同情する他ない。

「あ、あの、卯ノ花隊長、あの女の子は?」
「…皆さん、雲雀隊長が“光る君”などと呼ばれているのはご存知ですか?」
「はい、勿論です!」
「現世の恋物語の登場人物のように麗しい隊長には相応しい愛称ですもの!」

先程のことをすっかり忘れたようにきゃあきゃあとはしゃぐ彼女らに、京楽が「恋は偉大だねえ」と他人事のように笑う。輝くような容姿だけで、現世の物語に登場する王子様になぞらえられた訳ではないことを、京楽は知っている。勿論浮竹もだ。何故ならあの友人を初めにそう例えたのは、彼女らに向かってにこにこと人畜無害そうな笑みを浮かべている卯ノ花その人なのだから。

「では、物語の“光る君”が最愛とした“紫の上”もご存知ですね?」
「はい?」

何が言いたいのか、と一様に首を傾げる女性らに、彼女の笑みが深まったのを見て、浮竹はひっそりと合掌する。

「…あの方、四楓院ひいづるさんが、その“紫の上”なのですよ。今は幼くいらっしゃいますから、若紫と呼ぶべきでしょうか。」

ぴしりとその場が固まった。動揺は、少女が雲雀と同じ四大貴族であったことにか、それとも未だ幼い彼女が雲雀の“紫の上”ーーつまり、最愛にして唯一の女性であることにか。どちらにしろ無理もなかろうと思う。
始まりこそ、四楓院家の二の姫であるひいづるに年の差をものともせず夢中になっていた雲雀に対する、卯ノ花の揶揄にも似た愛称だった。しかしのちに、婚約関係にまであった二人を朽木家当主の銀嶺が引き離し、次期当主の蒼純の妻にひいづるをという話が持ち上がって、それに怒り狂った雲雀が彼女を四楓院家から奪取し三日夜の儀を用いて事実上の妻にしてしまうという暴挙に出、完全に朽木家から独立、それから名実共に呼ばれるようになったそれ。
当時は政略婚を厭った貴族の姫君方の憧憬の的、現在の瀞霊廷内では形を変えて伝説とも童話ともなっている。

「ねえ、ひいづる、帰ろうか。これ以上きみを人目に晒すのは業腹だよ。」

いい加減視線が疎ましくなったのか、甘えるように雲雀がその首筋に鼻を埋める。
まあ、知らずともこれを見れば分かるだろう。百聞は一見に如かず、悪いことは言わないから彼らに関わらない方がいいというのが浮竹の本音だ。正直、長年彼を見てきた浮竹とて今なお信じ難いのだから。つるむ人間を嫌い、弱い者を嫌い、どんな傾国の美女をも撥ね付け、戦闘を至上とした男が、たったひとりの少女にああも骨抜きになるとは!
擽ったそうに身を揺らしながらそれでも決してひいづるが拒まないのに、更にあの男は開き直るのだから質が悪い。

「駄目ですよ、まだお仕事終わってないでしょう?」
「…ひいづるのけち。」
「ケチ、って、…。」

拗ねる雲雀はまるで子供で、周囲の若い隊員らが唖然とする。抱かれながら、苦笑する小さな彼女のほうが余程大人に見える。
けれど、困ったように笑っているひいづるは、そんな彼が内心可愛くて仕様がないに違いない。雲雀を常日頃から可愛いひと、などと形容して憚らない程度には、彼女もまた雲雀に夢中なのだ。雲雀が雲雀なら、ひいづるもひいづるでやはり質が悪い。ある意味では似合いの夫婦とも言えるが。

「じゃあ、仕事終わらせたらご褒美頂戴。」
「ご褒美、ですか?」
「そう、例えば、きみからのキスとか。」
「!!…ちょっとだけですからね!しっかり書類片付けてくださいね!」
「うん、二時間で終わらせてあげる。」

仲睦まじい二人の背中が遠ざかるなか、京楽がにやにやしながら言った言葉が、その場の人々の胸に、やたら重く響いた。

「いやあ、まったく恋ってのは偉大だよねえ!」




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