恋すてふ 前


ほう、とあちらこちらで溢される、色を帯びた溜め息。あからさまに注がれる羨望の眼差し。ああ今年もまたこの季節がやって来たかと、浮竹は苦笑した。
統学院を卒業したばかりの女性死神達が入隊する度に見られる、恒例行事とも呼べるそれの渦中の、友人である青年は最早気にも留めていない様子で、その図太さがとても羨ましい。

「まーったく、あんな戦闘狂のどこがいいんだかねえ。」

嫌味ったらしく呟くのは、同じく友人の京楽だ。女好きを宣って憚らない彼は、青年が若い女性死神達の恋慕を一手に受けているのが少しばかり面白くないのだ。

「くち…雲雀はお前と違って顔がいいからじゃないか?」

けれど、彼がそれらに応えるどころか、歯牙にもかけぬことなどは、彼の性情から分かりきっていることなので、浮竹はしれっと冗談を重ねるし、京楽も「ひどいなあ」と笑う。
そうして事態を見守っていると、京楽の背中に明るい声がかかってきた。

「あら、お二人も見物ですか?」

悪趣味ですねえとにっこりした優しげな美女は、あからさまに面白がっている様子だ。

「やあ、卯ノ花隊長。見物って?」
「いえね、ちょっとばかり身の程知ら…コホン、世間知らずのどこかのお嬢さんが、今から雲雀隊長に公開告白すると聞きまして。」
「それは…。」
「あら、私も散々忠告したんですよ?貴女にはあんな獣は無理でしょうと。でもそれが余計に自尊心を刺激したようでしてね。」

思わず眉を下げると、卯ノ花が付き合っていられなかったのだとばかりに肩を竦めた。見も知らぬ貴族だろうその女性を哀れまずにはいられないが、聞く耳を持たなかったのなら自業自得か。
浮竹や京楽、それから卯ノ花や長く護廷に勤めているものには周知の事実であるが、雲雀の心はもう随分前からたったひとりの少女のもので、今更赤の他人がつけ込めるような男ではないのだ、雲雀紫苑は。それでなくとも歴代剣八のなかでも戦闘狂の名を欲しいままにしている男だと言うのに、恋というのは恐ろしいまでに盲目だ。

すると、噂をすれば陰と言うべきか。明らかに誰かを待っているのだろう、立ち尽くしている雲雀に近づく女性達の姿に、小さく騒めきが起こる。京楽があちゃあ、と声を上げた。浮竹も頭が痛い。告白するにしても、せめて単身ですればよいものを、何故彼の一番大嫌いな群れになって向かうのか。多少なりと雲雀を知る者が声もなく悲鳴を上げるのは勿論、卯ノ花が反射的に斬魄刀に手にかけるのも仕方がないというものだ。

「朽木隊長、少々よろしいでしょうか…?」

ハラハラとした周囲など露知らず、中心の女性がはにかみながら雲雀に笑いかける。淑女然とした様子は、そこそこの上流貴族だろうというのが伺い知れる。京楽は心当たりがあったようで、「ああ藤代家の子かあ」などとひとりごちている。
が、京楽でさえ知っているような貴族だろうが何だろうが、彼がそんなことを鼻にかける訳もなく。

「断る。人待ちしてるんだ、きみを相手してる暇なんかない。」

無表情でざっくりと切り捨て、その場の空気が止まる。藤代という死神も、袖にされるのは予想外だったのか、目を白黒させている。あの、と控えめな非難が藤代を取り巻いている女性から上がった。

「せめてお話だけでも…。」
「僕にはない。」
「でも、藤代さん、本当に雲雀隊長を…。」
「だから何。」

取りつく島もないとはまさしくこのことだろうと思う。ピリピリと飛び始めた殺意が痛いが、咬み殺されずにいるだけまだ幸福だということを、顔を真っ青にした彼女達は知っているだろうか、いや知るまい。
あからさまに苛つきを隠さない雲雀、それに藤代達がまごつくのに、更に彼の苛々が募っていく悪循環。そろそろ助け船を出してやるべきかと浮竹が上げたくもない腰を上げようとして、やめた。
雲雀に歩み寄る、いとけない少女の姿を認めたからだ。

「雲雀さん」

鈴を転がしたような甘い声に、彼の雰囲気が目に見えて和らぐ。

「お待たせしてしまってごめんなさい。」
「構わないよ、他ならぬきみだもの。」

胡桃色の猫っ毛に白皙を持つ、蜂蜜色をした大きな瞳の、桜色の衣がよく似合う柔らかな子供をこれ以上ないほどに優しい手つきで抱き上げて、雲雀が微笑む。相変わらず差が激しいことだと半ば呆れながら見やったが、藤代及び周囲の若い女性死神達が呆然とした様子なのに、そういえば知らないということは見たこともないということなのだ。

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