もう子供じゃないんだからさ
そろそろ夕飯でも食べようかな、と立ち上がった時にチャイムが鳴った。こんな時間に訪ねてくる人間なんて一人しか知らないけれど、念のためリィンははい?とインターホン越しに答える。するとオレオレ〜と聞こえて、詐欺かと思いながらドアを開けた。
「よっ、飯食おうぜ」
「何しに来たんだ…クロウ」
「何って、今日からルシアさんたち旅行いってんだろ?」
お前の様子見といてくれって頼まれてたんだよとクロウが言いながら家に入ってきて、リィンはため息をついた。もう高校生だと言うのに、余りに過保護すぎるのではないか。
「もう子供じゃないんだからさ」
「ルシアさんにとっちゃいくつになっても子供なんだろうよ」
「それはそうだけど…」
二つ上のこのおちゃらけた幼馴染みに頼むくらいに自分は頼りないのだろうか、と思ってしまう。その隙にも勝手知ったる幼馴染みはキッチンに入り込み、勝手に夕飯を作り出していた。
「手伝おうか」
「いいって座ってろよ。疲れてんだろが」
リィンが旅行に行かなかったのは剣道部の試合を明日に控えてるからだ。有り難くも先鋒を任せてもらうことになり、家族旅行と天秤にかけて結局試合を選んだ。
当然母や妹には盛大にごねられたが、父が味方をしてくれたこともあり、リィンは拗ねた妹を見送って一人家に残った。
土曜で学校が休みとは言え、明日が試合当日と言うことで今日もハードな練習だった。
実際にクロウが尋ねてくるその直前まで、リビングのソファから動けなかったくらいだ。
ぐったりと疲れ果てたリィンを見透かすかのように現れたこの幼馴染みには、昔から敵わない。
「おっし出来たぜ!ボンゴレビアンコ」
「うわ…美味しそう」
ほかほかと湯気の立つ、アサリのたっぷり乗ったパスタを渡されて食卓へ運ぶ。
作りおきのアイスティーとアイスコーヒーをそれぞれ注ぎ、食卓へとついた。
「「いただきます」」
声を重ねて、二人同時に食べ始めた。ぷくぷくのアサリが美味しいし、疲れた体に程よい塩味がちょうどいい。
あっという間に平らげて、食器を片付けることにした。
「座ってろよオレやるし」
「いいよ。作ってもらったんだから」
止めようとしたクロウをかわして皿を回収する。そのまま洗い物を始めるとアイスコーヒーを持ったクロウが隣にやって来た。
「なに?」
「いや?昔はぼくがするーって言ってはよく皿割ってたなぁって」
「む、昔のことだろ!」
「でかくなるのは早いねぇ」
クロウが染々と言いながら頭をぽんぽんと叩く。泡で塗れた手では振り払うことも出来ずに、口だけでやめろよと言う。それに何の効果もないことは知っているけれど。
「ちっちゃくて、いちいちオレの後ついてきて、可愛かったってのになぁ。あっという間に可愛気なくなっちまってまぁ」
「…クロウだって、昔はすごくしっかりしてかっこよく見えたのに、今じゃだらしなくなっちゃったじゃないか」
「オレは何も変わってねーよ。お前が真実を見極められるようになったってことだ」
「あのクロウは幻だったんだな」
「そこまで言われっと悲しいだろが」
「はあ…」
「あからさまにため息をつくな!」
そんなやり取りを交わしながら洗い物を終える。
まるで自宅のように我が物顔でソファでテレビを見てるクロウになぁ、と声をかけた。
「ん?」
「クロウもしかして、今日泊まっていく気なのか」
「そのつもりだけど」
「俺明日試合だから結構早く出るんだぞ」
「起こして」
「別にうちで寝てればいいだろ」
「は?寝てたらお前の試合見に行けねぇじゃん」
事も無げにそう言ったクロウに目を見張った。当たり前のように見に来るつもりとか、どこの保護者だ。
「クロウ見に来るつもりだったのか?」
「お前だって応援するやつがいた方が気合い入んだろ」
「気の抜けた応援されたら逆効果だけどな」
「ナマ言いやがって」
クロウの隣に座ればわしわしと頭を撫でられる。やめろよなんて言いながらも楽しくて、リィンは声をあげて笑った。
「久し振りに雑魚寝でもすっか?」
「明日試合だからやめとく。クロウは父さんたちの部屋で寝れば?」
「ちぇーつれねぇなあ」
「子供じゃないんだからさ」
もう一度そう言えば、クロウがふーん?と言った。なんだろう、何か言いたそうなその顔が落ち着かない。
「残念ながらオレにとってもお前はまだまだガキなんだがな」
「な…っ!?」
クロウのその言葉に反応するとほらな、と笑う。
「ガキだとか子供だとか、言ってるやつが一番ガキなんだよ。意識してんだからな」
「うっ…」
クロウが言った言葉に思わず詰まった。確かに、クロウはガキだと言われてもそうそうオレまだまだガキだから小遣いくれよと返す余裕がある。少なくとも俺みたいに過剰反応して怒ったりはしなかった。
そう考えて、仕方ないじゃないかと思った。
だってリィンは昔から、早く大人になりたくて仕方がなかったのだ。
…?でも、何でだったっけ?
「おい何ボーッとしてんだ。早く風呂入ってこいオレ様が入れねーだろが」
「あ、ああ、うん」
声をかけられて意識が引き戻される。不思議そうな顔をしている幼馴染を見て、ああ、そうかとひとりごちた。
ずっと憧れていた。物心ついた頃にはそばにいた“クロウお兄ちゃん”に。
大好きで、憧れて、早くクロウみたいになりたかった。
成長して学校を追い掛けてもクロウはやっぱり年上でいつも二歩も三歩も前にいて、未だにその影すらも捉えられずにいる。
「クロウって、罪なやつだよなぁ」
「はあ?」
「何でもない。風呂入ってくる」
「は?ちょっとリィンこら、訳わかんねーこといって投げっぱなしかよ」
後ろからクロウの抗議が聞こえたけれど、リィンは聞こえないふりで浴室へと向かった。