◇どちらからでも


「何を作っているんだ?」
 台所に漂う甘い香りに、眉間に皺を寄せて顔を見せたのはスタークだった。
「あら、リリネットちゃんは?」
 七緒は直接答えずに、彼の背後に彼女がいないかと視線を投げかけた。
「…リリネットは、子供と遊んでいる」
「そうなのね…」
 そう呟いたきり七緒は少し考え込んだ。しばらくして顔を上げるとにこりと笑い、先程尋ねられた質問に答えた。
「これは、バレンタインデーのチョコレートよ」
「…ばれん?…ちょこ?」
 聞き慣れない単語に首を傾げる。
「現世の行事でね、二月十四日に恋人同士で愛を確認する儀式があるの。元々はそんな儀式が現世の日本では、何故か女の子が男の子にチョコレートを贈る日になってて…。現世同士でも国によって儀式が違ってきたように、瀞霊廷に入った時も微妙に変化してて…。まあ、とりあえず、チョコレートを恋人に渡すとでも思ってくれればいいわ」
「…それで、旦那に?」
「ええ、後は息子たちにね」
 茶色の液体を掻き混ぜている様子をみて、この液体がチョコレートで甘い香りの正体なのだと解った。

「…それは、男が贈ってもいいものか?」
 しばらくチョコレートを見つめていたスタークが驚くような事を言いだした。
「んー…現世の西洋では、恋人同士がお互いにってことだったらしいから、寧ろいいものじゃないかしら?」
 昔、春水から教えられて知ったバレンタインデーだったが、七緒は全て鵜呑みにするのではなく、当然自分でも調べていた。だからこそ、恋人同士の儀式と説明もさらりと口に出てきたのだ。

「…じゃあ、教えてくれないか」
「良いわよ」
 万事面倒臭そうな態度を崩さない男が、珍しくも積極的に申し出てきたのだ。七緒としては喜んで応じるというものである。
「ただし、今ここで直ぐはダメ。もうじき娘たちが来るから、それまで待って頂戴」
「……ああ…旦那が妬くか」
「そういうこと。男と二人きりなんて見つかったら大変」
「…そうだな」
 既に春水の嫉妬深さを、幾度となく目にしていたスタークは素直に従った。


 七緒の言葉通り、娘達が尋ねてきて、チョコレートの量が増えた。
 スタークも手伝うような形で加わり、リリネットの分を作っていく。
「あら、器用」
「本当、几帳面?お菓子作りに向いてるかも」
「……面倒だな…」
 褒める女性陣の言葉に嬉しそうに舞い上がるのではなく、寧ろお菓子作りの手順に面倒だと辟易しているようだ。
 温度を測り、計量通りに材料を加えなくては味が落ちるとあっては、スタークにとっては面倒以外何物でもない。



 だがしかし。
 スタークも思った以上に単純な性格であった。
「え、これスタークが作ったのか!すげー!」
 驚き喜んで素直に口に運ぶリリネットの様子を見て、ほのかに口元に笑みを浮かべている。
「んまーい!何これっ、すっげ、甘くってうまーい!」
 美味しそうに満面の笑みを浮かべてチョコレートを食べる様子に、ますます嬉しそうな表情になっている。


 そんな様子を見ていた春水が、面白そうに七緒に囁く。
「あれ、そのまま菓子職人にでもなっちゃいそうな勢いだね」
「ふふ、それも面白いかもしれませんねぇ…手際良かったですし」
「七緒ちゃん、二人きりで作ったの?」
「そんな訳ないじゃないですか。娘達も一緒でした」
 直ぐにやきもちをやく春水を一蹴し、ちらりと睨みつける。
「まあ、あなたもそうですけど。料理とかお菓子って、力いることあったりしますでしょ?泡立ても直ぐ出来ちゃったし。集中力もすごかったりして。案外向いてるかも」
「はは。仮面チョコとかあっても楽しいかもね」
「そうですね」
 楽しそうなスタークとリリネットの様子を、春水と七緒も楽しそうに見守っていたのでした。


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