海に行く甘めのお話
「行くぜ」
承太郎はいつも突然だ。
本人はそんなつもりもないらしいけど、割に無口で何を考えてるかイマイチわかりにくいのも相まって、いつも何かしら驚かされる。
今日だってたった一言で、海まで連れてこられた。
「……海、だ」
「……言ってなかったか?」
聞いてない、と言えば、そうだったか、とあっさり返された。まぁデートなんだから、こんなのも悪くはないんだけど(っていうか、承太郎とならどこでもいいし、私は決めるのが苦手だから割と助かる)。
「……綺麗だね」
「……あぁ」
並んで見る水平線は、どこまでもまっすぐだった。空の色との境目は、きっとどこまでも平らなのだろう。凪いだ風と波の音。それから、時折流れる車の音。ゆっくり歩を進める承太郎の足音。それから、まさかこんなところに連れてこられると思ってない私の、少し早いヒールの音。アスファルトを少し辿って、砂浜に降りる。ヒールが埋もれて、少しばかり歩きにくい。
承太郎の好きなものを、実のところ私はよく知らないのだ、とその広い背を見ながら思う。
「……海、好きなの?」
「……まぁ、な」
幾多の砂粒をざくざくと踏み、足元の不安定さなんてなんの気にも止めず、承太郎はゆっくりと歩く。
私はと言えば、柔らかな砂に足を取られ、ときおりふらついて。
けれど「待って」と声を掛けるべきではないような気がして、遠く水平線を見つめる承太郎を追いかけた。
この広い海がちょっぴり怖い。いつまでも止まない波、どこまでも続く青い水面。目の前の大きな背が見つめる視界に、私がいないこと。
「……どうした」
私の足がいつの間にか止まっていたことに気付いた承太郎が、振り返って声を掛ける。
「……なんでもないよ、ちょっと……怖いなって」
言ったってわからないよな、なんて思いつつも、小さな言葉がぽろりと落ちた。
「何も、……怖いことなんざねーだろうが」
振り向いた瞳は、向こうに広がる水面の、ずっとずっと奥の方と、同じ色をしていた。
「言わなきゃあわからねーってことは、分かっちゃいるつもりなんだが」
ざく、と砂を踏む音と共に、黒い影が落ちる。キラキラと輝く海が、輝きを増した気がした。
「俺の好きな場所だから、テメェと一緒に来たかった」
大きな影の中に、海の色の瞳が煌めく。そのまま覆い被さるみたいに、近付いてくる整った鼻筋。
何か言葉を返そうと開きかけた唇は、柔らかなもので塞がれた。潮風に混ざる、タバコの匂い。
「……ッ、」
口付けられたと気付くよりも先に、柔らかな唇は離れた。驚いて承太郎を見つめていると、彼は僅かに頬を染めて、いつもように帽子の鍔を下げた。
「……ね、承太郎」
「……なんだ」
「……手、繋ごう?」
私が差し出した手を見た承太郎は、やれやれだぜ、なんてまんざらでもない顔で言う。
ぎゅうっと握ってくれた手を、私もきつく握り返した。
20181103
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